親鸞聖人の教え


親鸞聖人

親鸞聖人の教えは、この私が、阿弥陀如来の本願を信じ、念仏して力強く生きぬき、浄土に生まれて仏の悟りを得る教えです。それによって私達人間が、あらゆる悩を越え、まことの幸福を得て、明るく安らかに生きていくことを目指す宗教です。聖人の教えを理解するため主な言葉について解説します。


1 真実の救い

 私達は、さまざまの問題に直面し、さまざまな願望を持ち、悩み苦しみます。そしてこの願望が満たされば幸福、満たされなければ不幸と考えがちです。真実の救いは、たとえ願いどおりにならなくても、絶望と破綻にくれるようなときでも、なおその壁を突破し、乗り越えて生きる勇気と力を与えてくれるものです。それは、絶えず私のために願い、私を救おうとして、働きかけてくださる阿弥陀如来を信じ、その本願力の恵みの中に生かされているという、まことの心のよりどころを持つことにより可能です。


2 阿弥陀如来の本願(第18願)

 大無量寿経に、阿弥陀如来が仏にるための48の願いを上げ、この願いが通らなければ、仏にならないと誓われますが、親鸞聖人は、その中で、特に第18願が根本の願いであると受け止められました。この18願は、「すべての人間に如来のまことを信じさせ、如来の名号を称えさせて、必ず浄土に生まれさせなければ、自分は、仏にらない」と誓われました。この本願の救いは、如来自身のさとりをかけて、私達衆生を救うことを誓われました。これを他力回向の本願、又は絶対他力の本願ともいいます。又この誓いによる阿弥陀如来の働きを本願力ともいいます。


3 本願力の働き

 如来の本願力は、「南無阿弥陀仏」の名号として私の心に届き、光明とっなって私の煩悩を照らして、仏の智慧と慈悲の働きにより、わたしを摂取して、いかに愚かであろうと絶対捨てることなく見守り照らし続けて下さるのである。

4 聞即信すなわち信心正因

 私達がこの本願力に救われるためには、如来が、衆生を救うために本願を起されたわけと、その衆生を救う働きを疑いがなくなるまで聞きとおすことを「聞」といいます。よくよく聞いて疑いが晴れることを「信」といいます。本願力に救われる絶対条件は、疑いの心がはれて、信心が起こらなければ救われません。

5 救いの目当て

 如来の救いの目当ては、仏の光明に照らし出された、罪悪深重の凡夫であります。自分が罪悪深重と理解できないひとは、聞が足りないので救われないでしょう。

6 現生正定聚

 現世では、煩悩が離れないので、悟りを開き仏になることが出来ませんが、如来の本願力を信じる人は、この世では、正定聚の位即ち「必ず仏になることに決定したなかま」に入り、命が終わった時には、即極楽浄土に往生できます。

7 正定聚(信心の人)の現世の利益

@色々な方々、諸仏、阿弥陀仏に守られる
Aこの上もない尊い功徳が備わる。
B心が真の喜びに満たされる
C如来のご恩が知らされ、報謝の生活をする。
D如来の大悲を人に伝えることができるようになる。
Eやがて仏になることが定まった正定聚の位に入る。



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