浄土真宗では、親鸞聖人のお念仏の教えを深く信じ報恩感謝の内に過ごされた方々を妙好人と申します。妙好人が信心の気持ちを素直に言い表わされた言葉が語録として残っていますので紹介します。これにより親鸞聖人の教えの一端でも理解願います。
1 妙好人源左同行の言葉
源左同行は、鳥取県山根村のお百姓さんでした。「珍しいこった、めずらしいこった凡夫が仏になるちゃな、こがな珍しいことがほかにあるかいや。有り難いぞな。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」「ありがとうござんす、御院家さん。鼻が下に向いとるでありがたいぞなあ」と雨の中をずぶ濡れになりながら仏様のお手回しで鼻が下向きになっているのを泣いて喜ばれた。「暑かったら背にかけるむなああるし、雨がふりゃ傘はあるし、親様はなんでもええやあにしてくださるで、なんで小言がいわれようかいな」「誰が悪いの、かれが悪いちうても、この源左ほど悪いやつはないでのう。その悪い源左を一番に助けるとおっしゃるで、他の者が助からんはずはないだがやあ、ありがたいのう」「親さまに、はい、と返事させてもらやあ、事たあすんどるだがや」真宗の教えは、親さまの「源左、助けるぞ」との呼びかけに「はい」と頂ければよいと率直に言われた言葉である。「おっさん、このわたしゃ偽同行で、寺にまいれば阿弥陀さんの前へ出て、念仏よろこばしてもらうけんど、家に帰ってくると忘れてしまうで、全くわしゃ偽同行だいな」「偽になったらもうええだ、なかなか偽になれんでのう」どうしたら源左のような立派な念仏者になれるかとの問いに偽者と分かればそれで立派なものとの意味でいった。
2 妙好人浅原才市同行の言葉
才市同行は、島根県温泉津町小浜の漁村で生涯を送られました。若いときは、荒っぽい船大工でしたが晩年下駄職人となり寺に参るようになり、信心の気持ちを詩にしてノートにつけるようになりました。「有り難い、わちしの後生をひきうけてくださる、なむあみだぶつ。臨終まつこと、いまが臨終。これが楽しみ、なむあみだぶつ」「平生に、臨終すんで、葬式すんで、わたしゃ、あなたを、待つばかり。」「臨終まつことなし、いまが臨終、なもあみだぶつ「信心、喜び、安心を、なもあみだぶつに、しらせてもろて、なもあみだぶつ、なもあみだぶつ」「わたしゃ、幸せ、死なずにまいる、生きさせて参る浄土が、なむあみだぶつ」「他力とは 身に来たことを他力という」如来さまのお念仏が私の身に届いてそれを受け止めた時に他力というの意味「世界に、自力はなし、わがこころこそ、自力なり。自力が、他力にしてもろて、いまは、あなたと、もうす念仏」「仏のこころは、ふしぎなものよ。めには見えねど、はなしができる。ぶつとはなしを、するときは、称名念仏、これがはなしよ。」 「うちのかかあの寝顔をみれば、地獄の鬼のそのまんま、うちの家にや鬼が二匹おる。」
3 妙好人赤尾道宗同行の言葉
道宗同行は、越中五箇山で生涯を送られ、一時も如来さまのご恩を忘れてはならないと、寝る時も割り木の上で寝られたそうです。今でも、五箇山の行徳寺には、割木の上に寝ている道宗の木造があります。「命のあらんかぎり、ゆだんあるまじき事」「一日の嗜みは(たしなみ)朝のつとめにかかさじと嗜むべし」
4 小林一茶
「長き夜や心の鬼が身を責める」私の心の本性は、鬼であるの自覚の上に読まれた詩。
5 妙好人森ひな同行の言葉
森ひな同行は、石川県小松市瀬領で生涯を送られました。「地獄一定と思うてみれば、地獄極楽用事なし。」「聞けば聞くほど、有り難う思い、こんな親さまあるものか。まいる、まいる、まいると、しうとに言えず、しのびしのんで、寺参り。」「となえる称名、われがと思うた、そうでなかった、弥陀の呼び声、ああ有り難い、南無阿弥陀仏」「阿弥陀如来と、親子なれど、時々、煩悩が、出てならん。ああ恥ずかしや、南無阿弥陀仏」
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