中井_久夫『「つながり」の精神病理_中井久夫コレクション』ちくま文庫(筑摩書房), 2011/06/10_第1刷発行, 2013/04/20_第3刷発行,
p44.
たとえば, こういう例がある, 望まれて結婚した女性である. 現代的な美貌の人であった. ところが初めての里帰りをした時, 門の前へ来ると「何かの力」によって吸い込まれた. この吸い込む風のようなものと彼女が実感したものによって, 屋敷の中へ入ると一歩も外へ出られなくなって,やがて自室に閉じこもるようになった. 結局, おおぜいの人の努力によって彼女は無事夫のところへ帰れたのだが, 別に, そのまま離婚してついには屋敷を一人守って生涯を終った女性もある. いずれも数百年を経た旧家であり, 数百年を経た古い屋敷に住まってきた人たちである. このような面は今後は少なくなるであろうし, 歴史の浅いアメリカではそもそも問題にならないかも知れないが, わが国ではなお「古い屋敷に住まう旧家」の持つ奇妙な吸引力はしばしば臨床的に問題となる. |
なぜか, どこの病院も官庁も建物は一般人が中で迷うようにできている. 合理化といってもそういう面で楽になっていない. これは組織が企画をする時, 自分の活動のしやすいようにと考えて, 相手の身になる発想がないからであると思う. 「ひとの身になる」という日本文化の看板が泣くような話ではあるけれども, どうも日本人が特別相手の身になる良い人間の集まりだというわけではなくて,個人が弱い世界なので個人レベルでは相手の気持ちを推し量って対人作戦を立てざるをえないだけのことだろう. 逆に集団の力だと, 自己本位を貫く傾向は時にゴリ押しに近くて他の国と別にかわらない. 「泣く子と地頭には勝てぬ」というコトワザがあるが, こういう世界では, 反抗する個人は現実離れのした水準での反抗になりやすい. 同時に, 権力も結局は同じ非現実的な水準の行動になるということだ. 「無理が通れば道理が引っ込む」ということだ. |