ピエール.バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』大浦_康介_訳, 筑摩書房(ちくま学芸文庫), 2016/10/10_第1刷発行, p34-p35.


                    
  教養があるかどうかは, 何よりもまず, 自分を方向づける(・・・・・)ことができるかどうかにかかっている. 教養ある人間はこのことを知っているが, 不幸なことに無教養な人間はこれを知らない. 教養があるとは, しかじかの本を読んだことがあるということではない.       そうではなくて, 全体のなかで自分がどの位置にいるかが分かっているということ, すなわち, 諸々の本はひとつの全体を形作っているということをしっており, その各要素を他の要素との関係で位置づけることができるということである. ここでは外部は内部より重要である. というより, 本の内部とはその外部のことであり,ある本に関して重要なのはその隣にある本である.
      
  したがって, 教養ある人間は, しかじかの本を読んでいなくても別にかまわない. 彼はその本の内容(・・)は, よく知らないかもしれないが, その位置関係(・・・・)は分かっているからである. つまり, その本が他の諸々の本にたいしてどのような関係にあるかは分かっているのである. ある本の内容とその位置関係というこの区別は肝要である.  どんな本の話題にも難なく対応できる猛者がいるのは, この区別のおかげなのである.
      
      


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脇_英世『MS-DOSとは何か』講談社(講談社ブルーバックス), 1986/06/20_第1刷発行, p230.

                    

  多分物事は後から見れば大変簡単になってしまうようなことでも, その時点時点においてはいつでも難しいに違いない. また今は非常にむずかしくて, 歯が立たないようなことでも, しばらく親しんでいるとだんだん簡単なことになってしまうのだろう. 大切なことは理解しようとか咀嚼(=そしゃく)しようと努力することであると思う.

  またもうひとつ必要なのは適切なパースペクティブである. 目前のMS-DOSの細部だけに目を奪われてしまうと, もう駄目だと思われるかも知れないが,  高いほうの大型計算機のオペレーティング・システムの話を読み直していただきたい. 多分読みなおされると山の低い所でゴチャゴチャやっているに過ぎないと分かるだろう. 何だこんな所でウロウロしているのかと思われるだろう. 登る努力を怠らない限りは大丈夫である. 焦らずじっくりと登っていくことである.
      



  ある人のいうところの「計画法」にも, 全体の中の位置づけも出てくる.


                    

        計画のたてかた.
      
      1.目的
      2.何の為に?
      3.全体の中の位置づけ.
          (優先順位の決定)
      4.方法
      5.計画
      6.実行----(実行には意志が必要)
      
      

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        山に行くとしよう.
      
      1.目的
        山に行く.
      
      2.何の為に?
        遊びに行くのか?  ハイキング?
        気晴らし? 体を鍛える為?
      
        学術調査的な目的か?
        植物の生態? 動物の生態?
      
      3.全体の中の位置づけ.
         山に行くのがすべてか?
         その土地の観光のついでにいくのか?
         それとも対等関係に?
         他のこととの優先順位を決めるのである.
      
      4.方法
         途中まで, バスで行くのか?
         電車で行くのか?
         最初から徒歩で行くのか.
      
      5.計画
         5番目に, ようやく, 計画が出てくる.
      
         必要なものは?
         日程は?
         その他もろもろ・・・・.
      
      6.実行----(実行には意志が必要)
      
      
      7.そして, 実行したあとには, 振り返ることが必要である.
      
      


追記

  以下のようにも語っている.


                    

        君たちのいう計画と, 俺の思う計画とは, 違う.
      
        計画通りに行くことはあり得ない.
        計画は, うまくいかないものである.
      
        リスク対策を前もって行なうことが, 必要である.
      
      




  雑誌『R25』
  に, 原_哲夫_氏の人生相談の回答も, この中に含めていいと思う.

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「R25」RECRUIT, 2008.11.20/11.27_No.217, p41.

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 vol.10[隔週連載]
北斗お悩み解決拳!!


*今回の悩み*

ケアレスミスが止まらない

  仕事でケアレスミスがとても多くて悩んでます. 特にお客さんからの注文の型番間違い, 計算間違いなど, 毎日のようにミスしてしまいます. そのたびに落ち込み, またミスるという悪循環に陥ってます. 今の仕事は大学卒業後ずっと続けてます. いまだに初歩的なミスばかりで最近は, 仕事が合わないのかと思うこともあります. でも本当は続けたいのですが. アドバイスをお願いします.

  (ペンネーム:ゆう 31歳 販売員)
  
  
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  魂なき機械になるな.
  物語を読む``人''であれ.

  原_哲夫


  同じような悩みが他にもたくさんきてたなぁ. ボクも仕事の中でミスをすることはある. 右手で秘孔を突いていたはずなのに, 次のコマでは左手になっていたりね. どんなに集中していてもミスはつきものだ. だからあまり気にすぎるのはよくない. が, 減らすことはできると思う. アシスタントさんがミスをしたときなんか「ちゃんとストーリーを読みましたか?」と聞くことがある. ミスの多い人は全体のストーリーを把握してないことがままあるんだ.

  ゆうさんのような販売の仕事でも同じだと思う. お客さんから注文されたものをただ機械的に発送しているだけだとミスは減らない. お客さんがどんな人で, 何を必要としているのか, といった全体像を把握しながら仕事をすればきっとミスは減るはず. 数字や型番だけを追うのではなく, その向こうにあるストーリーを読み取るよう心がける. これがミス撲滅の第一歩.

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  原_哲夫

  1961年生まれ. 東京都出身. 週刊少年ジャンプ誌上にて『北斗の拳』『花の慶次』『影武者・徳川家康』などの傑作を発表.  現在, 週刊コミックバンチ誌上で『北斗の拳』に深くかかわる内容の『蒼天の拳』を連載中. さらに最近では漫画だけでなく, 絵本『森の戦士ボノロン』などのプロデュースもこなす.

      




  某氏に, 全体の中の位置づけについて語ったことがある.

  上記, 「R25」の記事を読んで, 某氏にその話をしたのである.

                    

  私「雑誌で読んだのですけれども, 何かをするときにも, その行為が, 全体の中のどこに位置づけられるのかという意識が大事だと, 書いてありました」
 
  某氏「そう, 自分が今やっていることが, この現場の中でどこに位置するかという認識が大事なのだよ」
  と, おっしゃったような記憶がある.

      

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外山_滋比古『思考の整理学』筑摩書房(ちくま文庫), 1986/04/24_第1刷, 1990/02/15_第12刷, p133.


                    

  本はたくさん読んで, ものは知っているが, ただ, それだけ, という人間ができる(生じるのはの意味)のは, 自分の責任において,  本当におもしろいものと, 一時の興味との区分けをする労を惜しむからである.

      


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  とあるが, これも, ピエール・バイヤール氏のいうところの, 自分の方向性という意味に含めることができると思う.

  自分の責任において, 自分の方向性を決めなければ, 教養があるとは言えないという風に, 私は, 考えている.





  某氏の言葉.

                    

  「大卒ならば, 分からないことは, どの本を読めばいいか, 分かる.
  しかし, 高卒の人たちは, 分からないことがあっても, 何の本を読めばいいか分からないのだよ. 」
      

  と, 仰ったことがある.

  今にして思えば, これは, 自分の方向性, 立ち位置を認識できるかどうかということだろうと思う.

  ピエール.バイヤール氏のいうところの, 教養があるか否かということだろうと思うのである.

  「教養があるかどうかは, 何よりもまず, 自分を``方向づける''ことができるかどうかにかかっている.