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雑記_2010

備忘録のようなものです. 思ったことや, その時々の出来事を書き連ねておきます.


  過去ログ
  2005
  2006
  2007


「プライバシーの侵害」

  ふと, 思い立って, 知り合いの名前をグーグルで検索してみた.
  こういう事をするのは, 初めてではない. 数年前まで出てきた人の名前が検索されなくなっていたりして, 個人情報の保護のために消えたのだなと思ったりもしたのだけれど.
  実際, 当該ウェブ自身にアクセスしてみたけれど, やはり消えている. 個人情報の保護の時代なのだと思いましたが・・・・.
  反面, 別の知り合いの名前が出てきた. ある種, 名前の出る職業ではあると思ってはいましたし, その知り合いの以前の職場のウェブに実名が出ていたりもしました(その後, 消えている).
  が, 新たな職場でのウェブに名前が出ていた. しかし, 当の知り合い本人は, すでにその職場から退職済みなんだですけど.
  こういうのって, いつまで残っているのかなぁ. 新たな職場のほうは, 詳しく書けないけど, ある意味記録的な意味合いもあって, ずっと残っているかも知れない.
  出身学部のことまで出ていたりして. . . .
  ちょっと, 気になっています. そうプライバシーの侵害ってどのあたりまで適用されるんだろう. いや, 私がとやかくいう話ではないのですが, 気になりました.

  (2010/12/29(wed))


「パソコンの規格移り変わり」


  PC業界において, DVI端子とアナログVGA端子・・・・パソコン本体とモニタの接続端子の規格変更へ.


  ついでに, MO(光磁気)ディスク/ドライブが生産中止の模様.

  んーーーー. 個人的には, いずれこういう時が来るとは思っていましたが, やはり辛いな.

  さて, 今ある各種機器の処分どうしましょう(汗).

  (2010/12/09(thu))



「いろいろ知っているから・・・・」

  先日の友人との話.

  以前の会社で, 魯迅(ろじん//中国の作家)や英単語の"fool"の話をしたところ, 周りの同僚のかたがたが, 魯迅やfoolのことを知らないという話・・・・を友人と話していた.

  一人, 二人, 知らないかたがいてもおかしくないけど, 何人もしらないといったのには驚いたといったところ,

  友人いわく, 「そんなものだよ. ○○(私の名前)は, いろいろ知っているから, そう思うだろうけど. 」

  私返していわく「学校(義務教育過程)で習うことなんだけれどねぇ」

  友人いわく, 「だから, そんなものだってば」

  決して, 以前の会社のかたがたが莫迦だとかそういうことではない. 実際, 仕事も私よりずっと出来るし, 知識だってありそうなかたがたである.
  私のほうが莫迦に近いと思うのではあるが, でも, ある程度のことは覚えているつもりです.
  思うに, 関心がなくなると, そういうことは忘れてしまうのでしょう. 役に立たないことは忘れていくのも大事なことだと思う. でも, 役に立たないことでも, 覚えておいていいこともあると思うのだけれどもね.

  ちなみに, その友人自身はご存じでした. さすがに, 私の友人だけのことはある.


  (2010/11/11(thu))



「FreeBSD」

  FreeBSDというOS(オペレーティング・システム)がある.
  実は, ずいぶん前からとりくんでいるのですが, ようやく今回のインストールで, 日本語入力に成功した(汗).
  日本語入力はX Window System で行なうことが多いようですが, あえて, コンソールでの入力にこだわっていました.

  FreeBSD_8.1_Release


  たいへん日記
  http://kerop.info/tattler/20100421.html

  ここの記事を参考にようやく成功.

  FreeBSDをMS-DOS/PC-DOSの代りにならないかと考えていたので, コンソールでの日本語入力は大事なのです.

  次はネットワークの学習だな.

  渡邉郁郎・吉野弘一『ここが知りたいTCP/IP FAQ 三訂版』RBB PRESS, 2006年.

  道下宣博・本間泰則『異機種接続とTCP/IP 絵とき読本』オーム社, 1990年.


  追伸:上記, uim-fepで, gを入力すると, バックスペースになることに気づいた. キー設定がおかしいらしい. さて, これから設定しなおさないと. . .


  (2010/11/10(wed))




「デタラメ」

  もっともらしく書かれているが, ずいぶん嘘がある.
  というか, 最初からネタなのか?


  フライトシュミレータ
  http://sambade.gozaru.jp/fs/fs1.htm

  だいたい, シミュレータだっていうの!!


  おそらく, ネタとして書いてあるのだろう.


  一例を掲げると,
> 当時IBMのPCはインテル80286を使用する予定でした.
> この1世代前のCPUとしてはインテル8086があり,
> この8086のOSとしてCP/Mがありました.


  OS/2開発当初の話と, IBM PC(初代)開発時の話が一緒になっている???

  IBM PC(初代)は8ビットCPUを使用する予定ではなかったのかい.
  そして, CP/Mの8086版は, IBM PC(初代)開発時, 無かった.
  OS/2開発時には, 既に, MS-DOS/PC DOSが主流だったし. . . CP/Mの8086版の出番はなかった.

  とにかく大嘘.

  (2010/10/25(mon))



「言葉」


  言葉は, その時代に縛られる.
  誰かの言った言葉は, その時代のかたに向けた言葉なのです.
  その言葉は, その時代に受入れられる人が居なかったとしても, やはりその時代に向けられた言葉なのです.



  言う側は, 相手がどんな立場の人かを意識して言う. どう解釈されるかを想定して書く. それでも, 受取側が, 発言者側の通りに解釈するなんてことはあり得ないわけです.


  まして, 小説や, メディアなど, 不特定多数が相手の場合, どういう解釈するかはわからない. 誤解されないようにいうと, その解釈を一概に否定は出来ません. 送り手(発言者/書き手)の独善だったりするものも多いからです.


  私自身は, 誰かの言葉・思想を絶対とは思わない.
  歴史上でも, 現代でも, 偉大とされる思想家であれ, 宗教家であれ, 絶対視はしない. うっかりしたことは書けないけど, 私自身は, ひどく残酷な思想や言葉も多々あるなと捉えている. 特定の誰かではなく, どの人間もです. その解釈は間違っているとかも言われたくはない.


  こういう思想とか言葉は, その社会(家族だったり, 国家だったり)を維持する中で規定されていくものだと思う. その社会の外や, 時代が変われば, 当然意味するところも変わってくるのだと私は信じる.



  脇  英世『IBM20世紀最後の戦略』講談社(講談社文庫), 1991年2月25日  第1刷, p313.
  にある, 後書きから.


  ////////// 引用ここから //////////

  むすび


  これまで, IBMの創立の頃から現在に到るまでの話を述べてきた. また将来の見通しについても多少は分かってもらえるものと信じている. ただあまり述べなかったのは本当の意味でのハードウェア技術である. リレー技術, 真空管技術, 半導体技術, 集積回路技術, また一般的には知られていないがIBMが伝統的に得意としている磁気関係の技術の細目についてもほとんど述べていない. それはあっさりと切り捨てた. 残酷な言い方だが, 何年かたてば, 技術の細目は残らない.

  それは, 私自身が大学の電気通信工学の教育を受けて感じていることである. 私自身が学部を卒業して20年を越えるが, その当時習った細目の技術は今何も残っていない. 学部で習った真空管回路は習った当時から, すでに秋葉原にはなかった. 今はよほどのことがなければ, 単体の素子としての半導体そのものも触らない. ただ, そういう教育の中で残ったものがある. 先生方の説明された考え方であり, おおげさに言えば, 電子情報通信工学の思想である.


  ////////// 引用ここまで //////////


  あえていうが, その思想さえも, 時が移れば変わっていく.
  その時代に合った思想も, また忘れ去られていくのである. 別の解釈を与えられて生き延びていくか, そのまま消え行くのである.
  思想もまた, その時代のものだからである. 本当に時代を超えていく言葉・思想は, 実は存在しないのである.

  (2010/10/24(sun))



「カエル」


  カエルの水飲み場.   某所で見つけたカエルの像.

  可愛かったので撮影.






(2010/10/18(mon))


「笑顔?」


  何年か前, 友人が「笑顔で接するってことは, 相手を受入れる気があるって表現することだよね」と言っていた. (うろ覚え)

  しかし本物の笑顔と偽物の笑顔がある.

  本物っていうと, やはり心からの笑顔ということになるのであろう. あ, 今思い出したけれど, 上記の友人が, ずっと以前, 本物(・・・・だと思う)を見せてくれたことがありました. ここで書いちゃうけど, 今は疎遠になってしまったけれどさ.

  いやいやそういうことはともかく, これまたずっと以前の話.
  当時, 好きな人がいた時の話.
恋愛というにも至らない話で終わったわけだけど(関係ないので以下, 略)

  好きな人には, 私も心からの笑顔なわけだ. 他の人にはそれほどの笑顔にはならないわけです.
  上記の友人にも, そういう笑顔は私は向けていない(苦笑). その話はどうでもいい.
  好きな人に向ける笑顔を見ていた, また別の某友人が, 「あの人には, 心からの本物の笑顔を向けているけど, 自分に向けている笑顔は偽物じゃない!!」とこうおっしゃる. そりゃそうでしょ. 本物の笑顔はそう出せるかとも, 思うわけで.

  もっとも, それから, ずいぶん年月が経ったけど, 実は, 未だに笑顔を出す時には, その好きだった人の顔を思い出すんです. すると, 本物の笑顔が出せると. . . . 私が, 本物の笑顔を出しているときは, その人の顔を思い浮かべているという, ある意味(笑顔を向けられた相手にとっては)不遜な話だろう.
  が, こういうことは, 結構やっている人もいるかもしれない.

  ところで, 先日, 某タレントを直に見る機会があったんだけどどうにも営業スマイル. 観客を受入れる気なんか全くないという冷たい笑顔. あれではいけないな. 心からの笑顔を出せとは言わないけど, ああいう営業スマイルは気持ち悪いと思う.

  タレントのポスター見ていても, 営業スマイルの多いことに気づいている人が多いだろうけど, 「相手を受入れる気が無い」とわかるような笑顔は嫌いです. (自分のことは差し置いてw)

  (2010/10/18(mon))



「ここまで書いておいてなんだけど」

  はたから見ると, オタクの記録簿に見えるよなぁ.
  笹本  裕一『妖精作戦シリーズ』にも, 多数のオタクが書かれていたけど, あそこまでdeepではないと思っていたけど, いや実際deepではないけど, この雑記を見る限りオタクにしか見えない.
  私自身は, そんなにオタクでもない・・・・はずなんだけれど, 変だな. なぜオタクにしか見えないんだろう(汗)

  (2010/10/14(thu))



「ミラー」

  英語のmirrorが「不思議だなぁ」という語源を持っていることは, 本で読んで知っていた.

  木辺成麿『天体望遠鏡の作り方と観測法』誠文堂新興社
  にそういうことが記されていたのを覚えている.

  笹本  俊一『妖精作戦』シリーズ, 朝日ソノラマ(ソノラマ文庫)に, カウンター・ミラーというパブが出てくるけれど, おそらく, この意味でのミラーを元にしているのだろう.

  ・・・・と, 思って調べてみたら,

  http://www.tahb.ac.jp/special/dic/dic_main_ka.html
  カウンターミラー【counter mirror】 (英) 後ろを見る合わせ鏡.
  のことだそうです. ガーン(汗).

  超能力者の占い師がいるパブだから, mirrorのほうに重点があったと思いこんでいました.




  ミラー
  http://homepage2.nifty.com/YONE/mirror.htm

  によると, ラテン語のmirariがmirrorの語源のようです.

  そういえば, 『重戦機エルガイム』にも, ミラリー族というのが出てたのを思い出しました. これはラテン語のmirariから, 採ったのだろうなとかいろいろ連想しています.

  私も, 今度はmirage(ミラージュ/蜃気楼)と名乗ろうか.

  インド神話でいう, 摩利支天(マリーチー)は蜃気楼の神格化されたものだったなとか思い出しました.
  日本だと, 武術(忍術?)の神さまとして知られています.

  取り留めがなくなってきたので, ここまで.



  (2010/10/14(thu))


「魔法による傷は治せない」

  いきなり, 電波なタイトルですが, 魔法によって出来た傷は治せないのです.

  あ, 私は, そっち系の人ではありませんので誤解なさらぬようお願いします. (おそいかも)

  魔法といいますか, 広く呪文というものは, 自己暗示なのです. 京極夏彦氏も『鉄鼠の檻』(てっそのおり)講談社の中でそういう意味のことを書かれています.


「呪(しゅ)はね, 脳が仕掛ける罠だ. だから遍く脳の中だけで有効だ. そして人為的な呪----呪術は, 言葉や呪物を用いずしては絶対に成り立たない. 」


  脳があれば, 人間でなくとも通じるのです. 動物にも通じます(動物に暗示をかける).


  脳と体は一体なのです. 脳が体が傷ついたと感知すれば, 実際に体に傷が出来てしまうこともあるのです.
  脳が, 傷ついたと認識して, 体に傷がついた場合, 脳が傷ついたと認識している限り, その傷は治せない. そう魔法で出来た傷は治せないのです. ----暗示を解かない限りは----.
  (そう簡単に, 暗示によって実際に体に傷が出来るわけではありませんけれど)


  脳は, 独立して存在しているのではない. 体からの信号を元に機能しているのです. 脳と体の認識が一致しているとは限らないのですが, 脳は, 体無しには機能できない.

  つまり, 脳によってつくられている意識は, 体からの信号によるのです. 矛盾しているようですが, 実は脳自体も体なのです. 体を脳とそれ以外に分けて考えると, 脳と, それ以外の体の相互の関係によって意識はつくられる. 脳移植などというものが実現して, 脳を本来の体から別の個体に移したとすれば・・・・悪魔的なことが, 実現したとしたら・・・・実は, 本来の自分ではなく, その別の体の意識となる.

  話が脱線しました.

  脳と, 体が一体なのだと書きたかったのです.

  脳と体が一体ということは, 次の書籍に詳しい.

  アントニオ・R・ダマシオ
『デカルトの誤り  情動, 理性, 人間の脳』
田中 三彦/訳, 筑摩書房(ちくま学芸文庫)



  以下, 脱線.

  関係ないけれど, こういうネタもいいかも.
  魔法の使い方
  http://homepage2.nifty.com/eman/columns/magic.html


  (2010/10/14(thu))



「浅田次郎氏のエッセイ」


  浅田次郎氏のエッセイから, 度々引用していますが, ここでまとめておきます.
  主に引用して来たのは, 幻冬舎文庫から出ているものです.
  浅田次郎氏本人が, 「極道エッセイ」と呼んでいらっしゃいますが, たしかに無法的なものです.

  『極道放浪記(1.)』
  『極道放浪記(2.)』
  『初等ヤクザの犯罪学教室』


  『勝負の極意』
  これは, 競馬の本ということになるのでしょう. 前半において, 半生を語っていらっしゃいます. 後半は競馬のお話.


  この浅田氏の語ることは, 話半分に聞いておかないといけないようです. 本当のことは, さすがにぼやかしていらっしゃいます. どこまで本当のことだかわかりません. ただし, いろいろと悪いこともされていたのは事実のようです.

  悪い事, すなわち犯罪を容認するつもりはありませんが, 生きていくという中で, 悪事に手を染めることも少なからずあると思います. それは, 『初等ヤクザの犯罪学教室』の最初のほうにも書いてある通りです. 悪いことをまったくせずに生きていくことは, 困難だとも思います. 私自身はここで考えこんでしまうのです. 潔白で生きていくことが出来ないこの世界は, なんなのだろうと.


  しかし, この世界を貶める発言はしたくない.

  この世界が最低だとか, 腐敗しているとは口にはしたくない. 何もしていない, 努力もしていない私ですが, それは口にしたくない.



(2010/10/13(wed))


「統計・・・・(2.)」

  2010/05/20に統計についてアップした.
  その後の補足である.




  ////////////////////

池内  了『雪は天からの手紙  中谷宇吉郎エッセイ集』岩波書店(岩波少年文庫), 2002年  第1刷発行, p128.

  統計くらい確かなものはないと同時に, 統計くらい嘘を言うものも少ないとは, よく言われていることである.


  ////////////////////


  そうなのである. 統計的に云々といっても, その解釈が妥当なものかどうかはわからないのである.
  また, その数字がどこから来たのかを検証しない限り, 出て来た数値も正体不明なのである.


  ////////////////////

  浅田次郎『極道放浪記(2.)  相棒(バディ)への鎮魂歌(レクイエム)』幻冬舎文庫.

  占いと申しますものは, つまるところロマネスクな統計学でありまして・・・・(以下, 略)・・・・.

  ////////////////////

  この言葉も, ひょっとしたら, 間違っていないのかも知れないけれど, 個人的には間違いであると思う.

  浅田氏は, この文節において, 占いというものを統計学的に妥当なものだと言いたいのであろうが, 実際には, 占いというのは, 信用のおけるものではない. 統計学自体ある意味で, 信頼できるものではないからである. ある意味というのは, 先に引用したように, 統計ほど嘘をつくものもないからである.

  誤解しないでいただきたいが, 統計が無意味だといっているのではない. しかし, どこから, その数値(数値化出来なければ統計ではない)が来ているのかの, 検証も無しに認めることは出来ないものである.
  実は, 科学というものが, 絶対の信頼を置けないものの理由の一つがここにある. なぜなら, 科学は統計によってなりたっているのであるからである. 統計なしに科学も成り立たないのであるが, 今はここまでにします.

  (2010/10/13(wed))



「謝る」

  以前の住居での話.
  当時, 私は某市の某(ボロ)アパートに住んでいた. いや, そんなことはいいのだけれど.
  2階に住んでいて, 窓からは結構広い庭付きの一軒家が見えたんです.
  あれは休日(土曜だったか, 日曜だったか, 祭日だか)の朝9時頃だったと思う.
  その隣家の玄関に男子中学生2名らしき人物が, 2人, その家のやはり中学生に土下座して謝っている.
  当の隣家の中学生はというと, とまどっている風である.
  なんてことはないんだけれど, 妙に未だに記憶に残っている. たぶん, 何事もなく終わったのだと思う.
  それだけの記憶.


  ここには, 書けないけど, はたから見ると不可解な行動をとっている連中っている. そんなことを思い返していたら, ふと思い出したので, ここに記しておく.


  (2010/10/12(tue))



「莫迦の発生」


  2010/07/01に「莫迦」について引用した.

  今回は, なぜそういう莫迦ができるのかを考えてみた.


  ハッカーが使う場合は, 明らかに間違った前提や簡単に否定されるような前提から論理を組み立て, それが間違っている証拠がつきつけられても納得しない習性のある人.
これ以外の意味(もともと正しく論理を組み立てる能力のない人やおっちょこちょいの意味など)ではあまり使われない.
事実, ハッカーの体験によれば, 多くのバカ(fool)は自分の犯す間違いをあまりに都合よく理論づける能力がある.


  なぜ, そういう莫迦が生じるのかと言えば, 最初に自分の着想や発想があって, それを正当化や, 単なる思いつきでないことを証明しようとするからである.

  自分の発想が妥当なものかどうかは, フィードバックしなければわからないのである. 正しいかどうか検証しないのである.
  これは正しい, 自分は天才だと思いたいのである.
  いいかえれば, 自分の考えつくことは正しいのだと思いたいのである. 実は, 多くの人には----この私を含めてであるが----, こういう性質があるのである. 絶えず検証すること. そういう努力が必要である.

  また, どんな思想にしても, 適用限界があり, 絶対ということはないのである.


  (2010/10/12(tue))



「夢から醒める  その2」


  「夢から醒める」という話は2005年に一度アップしました.
  今回は, その改訂をアップします.

  //////////

  魯迅作品『ノラは家出してからどうなったか』
  http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/haka/nora.html


  夢から醒めない幸せもある.

  そう, 人は夢から醒めた時, 行き場所を見失うこともあるのだ.

   人生で最も苦しいことは, 夢から醒めて, 行くべき道がないことであります. 夢を見ている人は幸福です. もし行くべき道が見つからなかったならば, その人を呼び醒まさないでやることが大切です. 唐朝の詩人の李賀(りが), 彼は一生を苦しみ通したにもかかわらず, 死ぬとき, 母親に向かって, 「おかあさん, 上帝が, 白玉楼ができあがったので, 祝賀の文章を書かせるために, 私を呼んでおります」と, こういったというではありませんか. これはあきらかに, 夢であり, たわごとではないでしょうか. しかもなお, ひとりの子とひとりの親, ひとりの死ぬものとひとりの生きるもの, 死ぬものは楽しげに死んでゆき, 生きるものは安心して生きてゆく. 夢やたわごとは, このような場合には, 偉大さを発揮するのです. それで, 私は思うのですが, もし道が見つからない場合には, 私たちに必要なものは, むしろ夢なのであります.

  ---- 中略 ----

   しかしながら, 決して将来の夢を見てはなりません.

  ---- 中略 ----

  もし道が見つからない場合には, 私たちに必要なのは夢であるが, それは将来の夢ではなくて, 現在の夢なのであります.

  //////////

  唐朝の詩人の李賀(りが)については, グーグルで検索していただくことにして, 幻想でもなんでも, 夢の中にしか人間は生きていけないのである. 現実を直視できる人間など, 実はいないのである. (断言してしまうけど)


  //////////

吉野朔実『恋愛的瞬間  1』小学館(小学館文庫)//マンガです.
の中の『第6話 恋をしたことがない』に出てくるセリフ

「恋をしたことがない
  それは恥ずかしいことですか?
  恋をするのが当然だと思いこんでいませんか?」

「え?」

「しなくたっていいんですよ
  人が言うほど当たり前じゃないんだから
  でなければTVや映画にあれほど恋愛ものが多いはずがない」

「運命の恋人に会った者に
  他人の物語は必要がないんです
  本当に恋をしている者も
  本物の恋人を持っている者も
  人が言うほど多くはない
  大多数はいるはず(・・)だ 好きなはず(・・)だと
  思い込んでいるんです」

「それでも他人とつき合うことは出来るし
  結婚はできるし
  子供も出来るんです」

「それが幸福!?」

「そう  至福ではないにしろ幸福です
  本質的事実に気づかなければなおよろしい
  しかし  あなたのようにはず(・・)やつもり(・・・)では
  人とつき合えない人間は
  むしろ至福を得る可能性が高い
  欠乏感が強い方が
  必要なものを得やすいというのが理屈です」

「ほんと?」

「信じなさい」

「あきらめずに挑戦(チャレンジ)し続けること
  前に進むこと」


  //////////

  引用の中で, 吉野氏は,

  大多数はいるはず(・・)だ 好きなはず(・・)だと
  思い込んでいるんです」

  と書いていらっしゃる. そう, それが本心かどうか, 本人にもわかっていないのである. 続けて, 吉野氏が書かれているように, それならそれでもいいと思う.
  気づかない幸せもありだと思うからである.






  (2010/10/12(tue))




「さよならだけが人生だ」

  人生には, 別れがつきものである.

  「さよならだけが人生だ」は, 数日前アップした于武陵(うぶりょう/唐時代のかたです)氏の漢詩の「勧酒」の人生足別離の井伏  鱒二氏の訳ですが, その通りであろう.

  ここでは, 寺山修二氏の反論は認めない. (この件は, まだいずれ)



  ところで人間は, 三度死ぬのだと思う.

  1番目は, 生物学的な意味での死.

  2番目は, その死体を, 実際に見た時に.

  3番目は, 誰からも忘れられた時に本当に死ぬ.

  数年前, 話していたところ, あるかたがこう言った.
  「逆にいえば, 忘れられたら, その人は, 死んでいるのも同然かも知れない」

  たしかにそうかも知れないと思う.

  死別に限らず, 縁破れて, 別れた人を忘れてしまったら, その人は, 忘れた相手からは死んだのやも知れない.
  だからといって, 出会った人たち全員を覚えてもいられないのであるが, 忘れてはいけない相手もいる.


  //////////

永野護『ファイブスター物語(XI)』角川書店, p144, 2003年4月30日  初版発行.


「若くして死んだ者へは, その未来と可能性を嘆き・・・・・・
  長き人生を全うし, 老いて死んだ者へは, その人生の記録を惜しむものじゃ
  老いた, そなたが, この世から去っても,
  若きムグミカが去っても人は同様にその死を惜しむであろう

  人の死は肉体と精神の死だけではなく・・・・・・

  死んだ者の事を思い出してくれる者がひとりもいなくなった時こそが真の死と思う時もある・・・・・・」

  //////////


  (2010/10/10)


「気を許した友人」

  かつて, 親しい友人が, いた.
  彼は, 数年前死んでしまったが, 今も彼の命日近くには, 墓参りをしている.

  彼とは, いろいろ話したりもしたし, また一緒に出かけることもあった. もめた事もあった.



  ところで, 以下の文は, 「戦没者」の言葉である.
  彼の死後, 時折, この詩を思い出す.

  //////////

  宅島  徳光  氏

  俺の言葉に泣いた奴が一人
  俺を恨んでいる奴が一人
  ほんとうに俺を忘れないでいてくれる奴が一人
  俺が死んだら白いくちなしの花を飾ってくれる奴が一人
  みんな併(あわ)せてたった一人


  //////////

  実は, 未だに, 彼の墓に"くちなしの花"を飾ったことはない.
  命日ちかくには, 線香を上げにいくだけである.

  が, これを書き残した, 宅島氏の心情にも似た思いはある.

  人は, 忘れられた時に, 最後の死を迎えるのだと私は信じている. 私は, 彼の事を忘れずに生きようとしている.

  蛇足:この詩は, ずっと以前, 某小説に引用されていたのである. その小説は今や, 手元にもないけれども, この詩だけは心に残っている. 不吉な詩だとその小説の登場人物は語っていた.



  (2010/10/10)



「おでん」

  マニュアル通りの対応?

  何年も前の話である.

  ある理由で, 某コンビニエンスストアで, 線香を買ったことがある.
  その時, 線香一箱のみをレジに持っていったんですが, レジのかたが「おでん」も, いかがですか?とおっしゃる.

  ・・・・線香一箱の買物客にも, 「おでん」を薦めるのかよ!!と思った. 弁当などを購入したら薦められることもあろうと思うけど, 線香に「おでん」はないだろうと思った.

  変に, 印象に残ったので, 未だに覚えている.

  要は, TPOを考えろという(そこまでの話でもないか)か, マニュアル通りの対応しているだけなのかと思った次第です.


  (2010/10/10)



「出典わすれた」

  何かで読んだフレーズ.
  なんだったのかが思い出せないままにメモに記してあった.


  ////////////////////

  偉大なる反逆の首魁よ, 汝がその手で幕を垂らせば
  世界のすべてを暗黒が包みこむ.

  ////////////////////


  なにか, 無気味なものさえ感じるけど, なにが出典だったのか思い出せない.

  (2010/10/10)



「コンセントからの発火」

  コンセントから発火するという事件が多いらしい.

  タコ足配線も原因の一つだそうですが, あとホコリにまみれてショートする事件も多いそうである.
  ・・・・そうであるという無責任な書き方をしていますが, 私自身はまだ経験してないからであり, 事実多いのである.

  先日も, 勤務先で数週間にわたって異臭がするという騒ぎがあった. なにか腐ったような臭いとかいうので, 原因が特定出来ずにいたが, 結局, コンセントにホコリがまみれてコンセントのプラスチックが溶けていたのである.

  床に転がしてあるテーブルタップのコンセントの場合, 特に注意が必要である. ホコリまみれになることが多いからである. また湿気も吸いやすい. これらが重なって発熱・発火するのである.

  ちなみに, 日本で言うコンセントのことを, 英語では, アウトレットというそうである.


  (2010/10/10)



「星神」

  南斗星君, 東斗星君を検索していて, みつけたウェブ小説.

  溺愛ロジック

  http://d.hatena.ne.jp/cosmosjp/


の中の
  2008-12-30 星神
  小説『星神』
  http://d.hatena.ne.jp/cosmosjp/20081230

  以前, 中国神話の本で, 東斗, 南斗, 西斗, 北斗, それぞれに神々がいて, 各星君と呼ばれているのを読んだことがあった.

  小説にしてしまうとは・・・・.

  なんでも, 小説のネタに出来ますが, ちょっと驚き.


  (2010/10/10)



「漢詩」

  お気に入りの漢詩から.

  「        」良寛  (無題なんだと・・・・思う)

痛哉三界客
不知何日休
往還六趣岐
出没四生流
云君兮云臣
皆是過去讐
爲妻兮爲子
曷由出幽囚
縦得輪王位
竟作陶家牛
痛哉三界客
何日是歇頭
遥夜熟思惟
涙流不能収


痛ましいかな, この世に生を受けた者よ.
いつの日にか輪廻にかその苦しみはやむのであろうか.
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人の六道の巷を往来し,
胎生, 卵生, 湿生, 化生, 四つの生の流れの中に浮き沈みし, 苦を舐める.
君主といい, 仕える身というも, 皆, 前世の報い.
妻となり, 子となるのも, 何によって恩愛の幽囚を出る事が出来よう.
たとえ, 全世界を統一する転輪聖王の位を得たとして,
ついには陶家の牛に生まれて殺されよう.
痛ましいかな, この世に生を受けた者よ.
輪廻の苦しみのやむのはいつの日か.
長い夜つらつら思いめぐらす時,
涙はやまぬのである.

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  私自身は, 輪廻転生は疑っているので, 前世のむくいも信じていないのですが, 学生時代に知って気に入った詩であります.


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「勧酒」于武陵

勧君金屈巵
満酌不須辭
花發多風雨
人生足別離

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  さよならだけが人生だ(井伏  鱒二氏  訳)


  (2010/10/09)


「人の生き様_第1版」

  最近, 保守的になってしまったら, 人はそこまでかも知れないと思っている.
  

  しかし, 某知り合いのブログを見て驚いた.
  また, 挑戦しようというのか. 驚いたので, ここに記しておきます.

  http://factoryn.exblog.jp/14153418/
  2010年 10月 05日
  次なるステップ



  この項目, いずれ追記/書き換えします.


  (2010/10/08)


「差別的?」

  時代と共に, 差別的表現とされるものも変わってくる.
  以下の2つの文章を読んで思うのは前者のほうが差別的だと感じる.


//// 引用その1 ////


  愚鈍な弟子
  パンタカという二人の兄弟がいた. 兄のパンタカは早くから佛陀について出家して, すでに聖者の境地に達していたので, 弟のパンタカをも出家させ, 修行の道に入らせることにした. 出家したものはまず一つの短詩を暗記することになっていたので, 兄はつぎのような詩を教えた.

「身と言葉と心とで悪いことをしなければ,
  世の生きものたちを悩ますことはない.
  正しく念じて欲望の対象が空しいと知るならば,
  無益の苦はきっと遠ざかるに違いない」

  弟のパンタカはこの詩を繰り返して唱えたが, どうしても暗記することができない. こうして三ヵ月たつうちに, 近所にいる牧人たちはみな自然に覚えてしまったが, 当の弟のパンタカはそれが覚えられない.
  教団では五月十五日の満月の日に一個所に集まり, 三ヵ月のあいだは安居(あんご)といって外出しない定めである. この安居の時に, 弟子は師から教えられたことを復誦(ふくしょう)し, それができれば, さらに新しい文句を教えられることになっていた. 弟のパンタカは教えられた短詩をどうしても覚えられなかったので, さすがの兄も怒り「おまえのような愚かものは, 佛の道に志してもだめだ」とののしった.
  叱られた弟のパンタカは部屋の外にでて声をあげて泣いているところに, 佛陀が通りかかり, このことを聞いて励まされた. 佛陀はアーナンダを呼び, 指導するようにと命令された. アーナンダが文句を教えて覚えさせようとしたが, ついにさじを投げてしまった.
  そこで佛陀は弟パンタカをよび「私は塵を払う, 私はよごれをきよめる」という二句だけを暗記させたが, 彼はこの二句さえも覚えることはできなかった. 佛陀は, 修行僧たちの履きものの塵をはらいながらこの二句を唱えるようにと, パンタカに命令された. パンタカは命令を一所懸命に実行しているうちに, とうとう二句を暗記した. そのうち, この二句を機縁として, 心のよごれ----むさぼりと, 怒りと, 愚かさ----の本質を達観し, たちまち聖者の境地に到達することができた.
  この愚かなパンタカの説話(*1)は, 漢訳(『有部毘奈耶』巻三十一, 『大毘婆沙論』巻百八十など)の他パーリ文にも少しずつ細部は違うが, 大筋は同じ形で述べてある. 初期の教団における教育の模様を推察する手がかりとなるであろう.

(*1)  「槃特(はんどく)が愚痴も文殊の智慧」と謡曲『卒塔婆小町』にもあるところから, "はんどく"(パンタカ)の名前は物忘れの象徴として語りつがれている. 文殊菩薩は智慧の象徴である.

渡辺照宏『お経の話』岩波書店(岩波新書(青版)), 1967年6月20日  第1刷, 1990年4月25日  第31刷, p88-p90.

//// 引用その1 ここまで ////

//// 引用その2 ////

「茗荷  -みょうが-」

  いまから二五○○年前のインド, お釈迦さまの弟子にスリバンドク(チューダパンタカ)という人がいました. 頭がわるくて教えがちっとも理解できず, しょんぼりと祇園精舎の門の前に立っていると, お釈迦さまはさとします.
「愚者は自分が愚かなことを知らない. 自分が愚かだと言うおまえはほんとうの愚者ではない」
  さらに, スリバンドクに一本のほうきをあたえて, 「チリを払い, 垢を除かん」と唱えながら掃除するように言いました. それからのスリバンドクはこの一句を口にしながら掃除をつづけました. が, それでももの忘れがひどくて, 自分の名前すらおぼえていない. そこでお釈迦さまは板に彼の名前を書き, 首からぶら下げるようにさせました. ところが, スリバンドクはそのことすらおぼえていませんでした.
  やがて彼が亡くなり, その墓から一本の見なれぬ草が生えてきました. 一生, 自分の名前をになって苦労していたことから, 人々はその草をミョウガ(茗荷)とよぶようになったとのことです. きっと彼も, 単純ヘルペス脳炎後遺症のような, 激しい海馬障害だったのでしょう.

小長谷  正明『脳のはたらきがわかる本』岩波書店(岩波ジュニア新書), 2006年1月20日  第1刷, pp103-104.

//// 引用その2 ここまで ////

  上記, 2つの話は同じものであろう. 一部, 異同もあるが同じ話である.
  愚か者といって言い切るか, 実は, 障碍者なのだという見解の違いだけでなく, 著者らの視点の違いが見える.



  余計なことを言えば, 2つの話も同じことなのだけれど, それぞれ違った印象を受ける.
  二つの話をまとめると, 物覚えの悪いパンタカさんという弟子がいたが, 佛陀の導きにより悟りを開き聖者となったが, あえなく早死にしてしまった.
  そして, その墓からは, 後世, 茗荷と呼ばれるようになる草が生えてきたということになる.
  しかし, 前の話だと, ハッピーエンドという感じを受けるが, 後の話だけだと, 悟りもひらけずに死してしまったような感じを受ける.

  それでも, 後者のほうが, 私には暖かいものをかんじたりする.

  (2010/10/07)



「聞く」


  先ほど, 電車の中で, 東山  紘久『プロカウンセラーの聞く技術』創元社を読んでいるかたを見かけた.

  私自身, その本を購入し, 読んだ事がある. いい本だと思う.
  が, ひとつ大事なことが書かれていない. あるいは, 敢えて書かなかったのかもしれませんが, 聞く・・・・むしろ訊くということが書かれていない.
  「きく」ためには, 問わねばならない.
  悪いいいかたをすれば, 誘導尋問的な問い方も必要なのだということが書かれていない.

  あらかさまには, 相手だって言いにくいことだってあるのである. ならば, 上手な問い方が必要なのだということがわかるのかなぁと思っている.

  「きく」・・・・聞く, 訊くことの重要性は, 次の書籍に詳しい.

  加藤  秀俊『取材学--探求の技法』中央公論社(中公新書).



  (2010/10/07)




「精神病にかかった人たち」

向井  承子『看護婦の現場から』講談社(講談社現代新書), 1993年7月20日発行.

p136

7----社会復帰への厚い壁

北里大学東病院精神神経疾患治療センター

病院に押し込められて
  縁あって, いくつかの精神病院を取材した時期があった. 1980前後だったと思う. 当時, 時代はようやく精神病者の人権を問うようになってきて, マスコミにもその論調が登場していたけれども, 現実の精神病院の内側には眼を覆わんばかりの惨澹(さんたん)たる人権侵害が満ちていた. すべて病者は等しく人間として扱われるはずなのに, 精神を病んでいるというだけで強いられる非道が大手をふる光景であった.

  だが, 初めて目の当たりにする患者さんの中には, 思わず身の毛のよだつような恐怖や違和感を覚えさせられる人たちも確かにいた. その現実は, 幼いロマンや単純な正義感などを簡単にうち崩すほどで, 自分をその患者や近隣に置き換えてみれば, 共にくらすなどとはとても言い切れはしまい, と思わせるほどだった.
  地域社会のサポートがなければ, 精神病者の地域への解放など成り立つはずがない. その時, 私は確かにそう感じた. そんな私自身の忌避感には, たぶん歴史が植えつけた牢乎(ろうこ)たる先入観があるのだろうが, あながちそれを不健全とは思いたくなかった.

////

魂の止まり木
  病棟の内側は, 現代社会の縮図を思わせた.
  生命を維持し切れないほどにダイエットしないではいられなくなった少女たち. いや, 最近では少年までが「ヤセ願望」にひきずりこまれ, いのちの限界ぎりぎりで入院してくる.
  コンピュータ技術者のテクノストレス. 働き盛りの中間管理職の鬱病はよく知られているが, 最近, 主婦に増えてきたのが, 「家事拒否症」のような症状である. 家事が嫌いなのにきちんとしないと気がすまない. ちょっとのさぼりが深刻化して, ついに鬱の中に自分を追い込んでしまう. 病院では家事から解放されるのだが, 退院するとすぐにパニックになる. 高齢化社会が進むにつれ, 介護をめぐる嫁姑の問題も深刻化している. 病院にくるとどこといって問題はないのに, 家に帰すと寝込んでしまい, 家族も相互作用で半病人になってしまう窒息状態の家庭も増えた.
  病棟を歩いている患者さんたちの表情に共通するのは, なんともやさしいはかなさだ.
  激しい競争社会である現代に適応しきれず, とことん傷ついたやさしい人たちなのだろう.
「まずは, 裏切られ, 傷ついて, 自分を傷つけながら入院してくる人たちに対して, どうやって信頼関係を作っていけるかが鍵ですね」と山下さんがいうと, 病棟のベテラン看護婦さん, 赤木文子さんがぼそっとつぶやくように付け加えた.
「死をぎりぎり選択した人たちには, ここは魂の止まり木なんですよね. その人たちにできることは, あなたは駄目じゃないのよ, ただ, 休みたいだけなのよって言ってあげることしかない. ここには, 会社もない家族も来ない, 子どももいないし, 親戚もこない・・・・・・. 家族の前では, 一生懸命働かねばと思ってしまうような人の, 家族からも解放される場なんですよね」
  しかし止まり木で十分羽を休めた後, 患者はどこに飛んでいったらいいのか. 病院から地域へ・・・・・・. しかし, 地域にはまだ, 精神障害者への偏見が分厚い意識の壁となってそびえたっている.

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  この本が出版されたのは1993年の事である.
  それから, 17年を経た今, 精神病にかかるかたは増えている.
  問題となるのは, 社会復帰が出来るかどうかが大問題だと思う.
  一般社会・・・・果たして何が, 一般社会なのかがわからないけれども・・・・一般社会に受入れられるかどうかはわからない.

  身体障碍者のほうが, それよりはわずかではあるけれども, 社会復帰出来る可能性があるとも聞いた.
  しかし, 障碍者にとって, 生きにくいことには変わりはない.
  私自身, うっかりコメント出来ない問題である. . . .


(2010/10/06)


「ベルリッツの広告」

  電車内の広告で見かけた, ベルリッツ(Berlitz)の英会話教室(でいいんだよね?)のセリフ.

「お目にかかれてたいへん光栄です. お前は何者ですか?」
もしかしたらビジネスの場であなたはこんな英語を喋ってるかもしれませんよ?

  手厳しいな. たしかに, 言葉は難しい.
  現代の日本語だと, 貴様という言葉も, 侮蔑的な意味合いで使われているけど, 本来は, 相手を尊重する言い方なんだけどキサマというと失礼どころか, 相手には侮蔑としか聞こえない.

  相手の国の文化背景, いや, 相手自身の文化背景まで知らないと相手にとっては, 侮蔑的に捉えられてしまう.


  そういえば, ずっと以前, メールで, 「あなたは何者?」というタイトルのものをもらったことがあります.
  いや, 相手は本気で, 私を何者かと思ったようで. . . .
  そんなことを思い出したというだけですけど.

  (2010/09/20)



「英和辞典・・・・その2」

  先日購入した, 『スーパーアンカー英和辞典  第4版』結局処分してしまった.

  理由は, 至って簡単で, 壊れたからである.
  使いはじめて, 間もなく(2日と経ってない), 表紙を中身がはがれてしまったからである.
  中身は, 良かったと思うけれども, 作りが柔(やわ)なのである. あまりいい接着剤をつかってないのであろう. 修理しようかともしたが, 結局壊れるだろうなと思って, そのまま処分してしまった.
  今, 使っているのは, 『旺文社新英和中辞典』である.

  辞書には, 丈夫さも重要なのである・・・・って, 当たり前か. .

  (2010/08/19)


「莫迦」

//// 引用開始 ////

The Jargon File: letter F

[fool]

fool n. As used by hackers, specifically describes a person who habitually reasons from obviously or demonstrably incorrect premises and cannot be persuaded by evidence to do otherwise; it is not generally used in its other senses, i.e., to describe a person with a native incapacity to reason correctly, or a clown. Indeed, in hackish experience many fools are capable of reasoning all too effectively in executing their errors. See also cretin, loser, fool file.


http://www.catb.org/~esr/jargon/html/F/fool.html

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Eric S. Raymond『ハッカーズ大辞典』福崎 俊博/訳, アスキー.


fool(バカ)

名詞. ハッカーが使う場合は, 明らかに間違った前提や簡単に否定されるような前提から論理を組み立て, それが間違っている証拠がつきつけられても納得しない習性のある人.
  これ以外の意味(もともと正しく論理を組み立てる能力のない人やおっちょこちょいの意味など)ではあまり使われない.
  事実, ハッカーの体験によれば, 多くのバカ(fool)は自分の犯す間違いをあまりに都合よく理論づける能力がある.

//// 引用終了 ////

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  この手の莫迦も, 結構いるような気がする.

  (2010/07/01)


「しぶとい」

浅田次郎『初等ヤクザの犯罪学教室』幻冬舎文庫, p72-p73.

//// 引用開始 ////

  健康な肉体とはありがたいもので, 悪党の極意はまさしく身の養生に尽きるのであります.
  犯罪者にとって命のやりとりは避ける事のできぬ宿命といえます. 命を賭けずに犯罪を遂げようとするのは, 借金をせずに商売をしようとするのと同じ, 虫の良い話であります.
  命のかかった大一番で丁と出るか半と出るか, それは神のみぞ知るところでありますが, ただ一つ私が言えることは, 生に対する執着の薄い人間は, 数多くの事件(ヤマ)を踏んでいく間に必ず命を落とします.
  そして, 数々の死線を越えて金を残すなり一家を成すなりする人間は, 頭のできや腕力の強さよりもまず, 生命力が旺盛で物事をあきらめない. しぶといのであります.
  これは何も犯罪者に限らず, 商売の世界でもサラリーマン社会でも同じことでしょうが, 難局に当たったとき, 「もうダメだ」と思えば人間はいとも簡単に死んでしまう.
  一般社会では殺されぬまでも, 落伍して社会的に死んでしまう.
  神様の作った最高傑作である我ら人間は, 実に計りしれない力を持っているものでありまして, およそ終極的な人間の価値は, どこまで自分の生命力を信じられるかということにかかっているのであります.


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浅田次郎『極道放浪記 (1.) 殺(と)られてたまるか!』幻冬舎文庫, p78.

  今日のように平和な世の中でも, 男の一生には何度も戦争があるわけで, あっけなく戦死してしまう者もいれば, 一生癒えることのない痛手を負う場合もある.



//// 引用終了 ////



  (2010/06/30)


「秋葉原通り魔事件の容疑者」

  秋葉原通り魔事件の容疑者(というより, 犯人だけれど)について.

  彼の場合は, 親密に, 話を聞いてくれる人間が欲しかったのである. 一言でいえば, 彼は, 「心を開かなかった」のである. 心の奥底まで話すことが無かったのである.

  一つ, 大事なことがある.
  自分の話を聞いてもらおうと思えば, まず, 相手の話を聞かなければならない. 昨日の話でいえば, まず, 相手の心の奥底まで聞かなければならなかった. そう, 相手の相談に乗らなければならかった. それを受け止め, 相手の心を開かせてから, 自分の話をするべきだったのである.

  自分の心の奥底まで話してしまうと, 相手に逃げられるのではないかとそこにだけ集中してしまい, 相手の事を思いやることも無かったのである. 心を開くとは, 自分の問題だけでなく, 相手の事を思いやることが必要なのだ.

(2010/06/26)


「心の奥底 ----相談の難しさ----」

  心の奥底まで話してしまうと, その相手に, 秘密を知られた後ろめたさから, その相手と疎遠になることがある.

  話したいことを全部話しつくした時は, 気分が晴れてしまうが, 後で冷静になって自己嫌悪におちいり, 秘密を知られた相手とは話したくなくなることがある.

  だから, 相談に乗るときは, あえて, 相手の話を打ち切ることが必要になるときもある.

  その通りだと思う. 実際, 私自身, 何人もの人の相談にのり, そして, 直後, その相手と疎遠になったり, 連絡もつかなくなったことも多い.

  反面, 心の奥底まで明かす相手も必要なのだ.
  数少なく, 心の奥底まで・・・・, 自分の心の奥底まで打ち明けられる相手も必要なのである. 私自身, そういう相手がごくわずかにいる.

  ここは難しいところですが, その相手との間合いを計りながら, 話を進めていくしかない.
  相手と疎遠になりたくないばかりに, 相談に乗って疎遠になってしまうか, それとも, それを乗り越えて, 親密になるかは, それは, わからないが, それを乗り越えた相手とは親密になるのは, 経験的に知っている.



(2010/06/25)



「宝くじ」

  当たるわけがないが・・・・, 買わなきゃ当たらない宝くじ.
  かくいう私も, 時々買っています.

  宝くじをめぐっての悲喜劇もいろいろあるようで, 話には聞きます. 私自身は末等しか当たったことはありません. 1枚, 100円の宝くじなら100円ですね.

  ところで, 友人に言わせると, 私は, 宝くじの話をする時, 声が弾んでいるそうです. やっぱり, 当たるのを期待しているんだなぁと実感しますね.

  競馬とか, パチンコなどはやらない私ですが, 宝くじは買ってしまいます.

(2010/06/23)



「ピンからキリまで」

  ピンからキリまでの語源について.

  元は, ピンのほうは, ポルトガル語から来ているらしい.
  キリのほうは, キリのいい数の「キリ」らしい.

  以前の知り合いに, ピンは針の事であり, キリは, 錐のことだと思っていたかたがいらした. さすがに, それはないだろうとおもったのだけれど.
  当時, 私も, 本当の語源を知らなかったので, 黙っていました.

  こちらに, 紹介されているように, 針と錐という解釈も, ギャグとしてはあるようですが,

  ピンキリ (うむらうす)
  http://www.umurausu.info/blog/archives/001145.html


  上のウェブの続きにあるようにポルトガル語から, らしいです.

  コンピュータ用語(UNIX系?)のコマンド
  ping と, kill -9
  にかけた, ギャグは面白かったかも.

  (2010/06/23)



「言葉」

  

  文字を書く行為とその文面以外に思いが込められているなどと, 書き慣れてない人間に理解出来ようはずがないのだ.

  を引用した(2010/06/14)が,



  しかし, 言葉にしなければ, 伝わらないこともある.

  以下は, あるかたからのメールの引用である.

  付き合っていた彼が去っていた直後のものである.

  
  ワタシゎ自分が子供な分, 相手にゎリードしてほしいし,
  言ってくれなくちゃ分からないこともあるんだから,
  彼ゎ大人な分そういう所はしっかりしてるんだと思っていたのだけれど,
  がっかりという気持ちもあるし, もう戻れないという気持ちもあるんですね.



  明瞭に言葉にしなければ, 相手に伝わらない思いもある.

  蛇足:上記のメールは, ネット上で, 私が相談(?)に乗った時に受け取ったものである.



  (2010/06/22)


「小説版  『重戦機エルガイム』から, その2」

「マイ・ラブ」


  ----人間の社会には, 命について色々な説があります. 一つは人間の命は何よりも貴いものだと言う人と, 命以上に大事なものがあると言う人がいます. 戦いをやめる時は, 前者を取り, 戦いを始める時は, 後者を取ります. 人間はその時々で都合のいい考え方を優先させるものなのです.



  渡邊由自
『重戦機エルガイム  3.甦る地平線』
  朝日ソノラマ(ソノラマ文庫), 1985年9月30日  初版発行, p174


  ・・・・.
  世の中の倫理や, 論理とはこのようなものであると, 私も思う.



  (2010/06/15)



「小説版  『重戦機エルガイム』から, その1」

「ピカレスク・ギワザ」


  マイロードたちは, レッシィからの伝言として, 一通の手紙を受け取っていた. 彼等は, 何故手紙なのか判らず, 余計レッシィの心が理解出来なくなっていた.
  その当時になれば, すべての連絡はビデオ・カセットが常識になっていたのだから, 手数のかかる文字を書くことなどまずなかった.
「それにしても手紙なんてロマンティックな事だわ」
  アムが皮肉る.
「キャプテン(注:レッシィの事)の意志を判ってやってください」
「さっぱりだぜ」
  無理もなかった. 文字を書く行為とその文面以外に思いが込められているなどと, 書き慣れてない人間に理解出来ようはずがないのだ.
  マイロードだけは, その文面から, レッシィの気持ちを読み取ろうと, 右上がりの細い文字を眺め続けていた.


  渡邊由自
『重戦機エルガイム  3.甦る地平線』
  朝日ソノラマ(ソノラマ文庫), 1985年9月30日  初版発行, p65.





  自ら発する言葉の中にある思いは, 相手に, ほとんど伝わらない.
  逆に, 相手の言わんとしていることのほとんどは受け取れないと, 私は思う.

  結局は, 言葉はウソツキなのである.

  言葉だけを信じてはいけない. 眼(まなこ)あるものは, 観よ観よ.
  観察をするべきである.


  そのうえで, 言葉を聞くべきなんだろう. . . .



  ここに出てくる, マイロードもまた, それまでの, レッシィの行動から, 真意を探ろうとしているのである.

  (2010/06/14)



「人生の成功者」

人生の成功者の経験談を見聞きしていると, 必ず共通しているのが, いちどハネたあとにやってくる「冬の時代」で, この挫折を克服した者が真の成功をかちうるという図式がある.
彼らは「冬の時代」には決してジタバタしない. もちろんジタバタさえもできぬ場合もある. この時期に「観察の努力」をおこたらない者だけが, 最後に笑うのである.
人生にも, 「ちょいと場を見させてもらいますよ」と宣言して, 寿司をつまみながら勝負を横目でにらむ時間は必要なのだ.

浅田次郎『勝負の極意』幻冬舎文庫, p70.



  最近, 徳大寺有恒氏の半生について知った.
  この方もまた, 一度成功した後, 大きな挫折を食らったかたであった. やはり, そういうものなのだなと強く感じる.

  個人的には, 徳大寺有恒氏は好きではないけれど.

(2010/05/22)





「統計」


  統計の基本について.

  (1.)  統計とは, バラツキと偏差である.

  以前, 勤務していた工場の品質管理部の部長さんの言葉.



  (2.)  統計において大事なのは, その数字がどこから来たのかということである.

  偶然知り合ったかたから聞いた言葉.
  『私も, いろんなことをやってきたが, 統計はやっておいた方がよい. その数字がどこから来たのかということを知ることが大事なのだ』


  (2010/05/20)


「英和辞典」

  昨今, 電子辞書を使われるかたが多いようですが, 私は, 紙の辞書を愛用しています.
  とりあえず, 新たに購入したのは, 『スーパーアンカー英和辞典  第4版』.
  lakeの項目に1 lakeとしか無い. 湖の意味はあるが, 2 lake 深紅色(レーキ)の意味は出ていない. 多分, 2 lakeとして掲げるつもりで, そのまま落としたらしい. あちこち, こういうミスがあるかもなぁとか思っています.

  他には, ポケット辞書の『カラーエポック英和辞典』旺文社を使っています.

  辞書も使い分けが必要らしい, 『コンサイス英和辞典』三省堂は, 英語に慣れている, 使いこなせるかたには便利らしいけれど, 今の私には使えないな.
  (2010/03/31)


「人生色々」

  今年に入ってから, 幾人かの知人の消息がわかった.
  分かったというか, 連絡取ったのですけれども.

  [仕事]
  以前と同じ職種で頑張っていらっしゃるかたもいる.
  全然別の職について, 心機一転で頑張ってらっしゃるかたもいる.

  それぞれの生き方がある.
  だけれども, 心身は, 大事にしてほしいと願っています.
  前職を体を壊されてやめたかたもいる, 反面, 中断しながらも, 続けてらっしゃるかたもいる.
  それぞれの生き方だけれども, 心身はお大事に. . .


  リンクは, まだ張らずにおきまする.

  折りを見て, その方々へのリンクも張りたいと思っています.

  (2010/03/08)



「拳帝カツオ」

  もとは, どこぞのチェーンメールだそうですが, こういうネタがあるそうな.

チェーンメール拡散防止実験協議会
サザエさん(第3話)「カツオは夢の中」

http://chainmail.seesaa.net/article/62547562.html

  実は, この拳帝カツオのイメージに引っ張られて, グリコの広告の実写版「25年後のサザエさん」を見た時, 違和感があった(苦笑).
  磯野カツオが拳帝と化して, 暴れまくるイメージが脳裏に焼きついていて, グリコの広告をみても, あれ, 拳王じゃなくて, 拳帝になっていないではないかと思ったものである.

  元ネタはサザエさん + 北斗の拳なんだけれど, そういうイメージでもある意味違和感がない(汗).


(2010/03/07)




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