【161118 教室レポート 課題: 荷風の風景の捉え方と、近代的精神】
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047101大石 桂  ここでは風景の描写、そして荷風自身の主観的な捉え方を文学にしたことが近代的であるのだろう。
風景の描写については、今までにない自分自身の見方をしている。
 それは文学を書く視点が風景描写に移ったのではなく、独自の風景を書き加えることによって従来の文学の世界に奥行きができた。
 そして、ただ書き加えただけでなく、その風景描写の捉え方が、前に書いたように主観的、意識的であった。
 他者とは違った捉え方をしたことで、自己を認識している。
 こうした要素から、荷風の近代的精神を見ることができるのだと思う。        

 ゲーテの若きウェルテルの悩みを読んだとき、風景描写がやたら多かった。その時は、ウェルテルの恋の行方だけが気になっていたので、風景描写を読むのが面倒にすら感じたが、やはりそれだけでは味気ないと思う。その時見えるものというのはその時のその人の気持ちがよく表れる思う。同じ景色でも、悲しい気持ちの時と幸せな気持ちの時とは、全然違うように見える。その時点で自分なりの風景が見えるので、風景を書くことも立派な自己表現、感情表現になったのであろう。
047102大石優貴  確かに今までに見てきた通り、近代になってくると主観的・意識的な表現が多くなっている。荷風もまたそうであると思うが、特に自分のいる場所や時間帯を表す書き方が多いように思う。例として出すとすれば、すみだ川の【夕方になると竹垣へ朝顔をからました勝手口で行水をつかつた】や【七月の黄昏も家々で焚く蚊遣りの煙と共にいつか夜になつて、盆栽を並べて簾をかけた窓外の往来に下駄の音、職人の鼻歌、人の話声が賑に聞え出す。】、【西日が燃る焔のやうに狭い家中へ差込んで来る時分には、近所一面に啼く蝉の声が殊更に調子急しく聞える。】というようなものである。風景描写とともにそれに対して主人公の感じ方が分かる。自我というものを持ち、自分が感じたことをただ書き記していくというだけではなく、自分の存在しうるその時間の中で風景を捉え書くことで、自分だけの風景を認識することができる。その一時の風景を切り取ることで自己の有り様を自覚していくことが近代の文学に顕れたことだったのではないかと思う。
037104城 歩  『日和下駄』「第十 坂」で、荷風は「坂」の事を「...(前略)坂は即ち平地に生じた波瀾である。平坦なる大通は歩いて滑らず躓かず、車を走らせて安全無事、荷物を運ばせて賃銀安しと雖、無聊に苦しむ閑人の散歩には余りに単調に過る。」と書いている。また、「すみだ川」では「朝夕がいくらか涼しく楽になつたかと思ふと共に、大変に日が短くなつた。毎朝起きて見るたびに竹垣に咲く朝顔の花の輪が小くなつて、西日が燃る焔のやうに狭い家中へ差込んで来る時分には、近所一面に啼く蝉の声が殊更に調子急しく聞える。」と、風景や情景を詳しく書いている。これは、ただ単に自分が見た風景や情景を詳しく書いているだけではなく、荷風が見た風景や情景を荷風が感じたままに書いているのである。だから、みんながみんな、荷風の見た風景や情景を見て同じ事を感じるかは分からない。このように、自分の感じたものを、自分の表現で表すという事が近代的なのではないだろうか、と思う。
047414藤原由依  荷風の風景の捉え方が近代的だと言われる要因のひとつには、それまでの作品にはない「主観性」があると思います。それまでの作品での風景描写は「一、鮫ヶ橋より右への道、西へはや少し行て右へ道有・・・」など、その場所を訪れた100人が100人ともその風景を同じように見ることができます。音楽で言えば楽譜に書いてある音の高低や強弱記号の通りに曲を演奏するようなものだと思います。誰が聞いても同じように音楽がわかります。それに対して荷風は日和下駄の中でそのように述べています。「東京の都市いかに醜く汚しと云ふとも・・・無理やりにも少しは居心地住心地のよいやうに自ら思ひなす處がなければならぬ。」この文章は完全に自分が主人公です。荷風の目が捉えた風景の描写です。ただ事実をそのまま実況中継するのではなく、筆者独自の視点から風景を描写した事が近代的であるのではないかと思います。
047102成嶋彩子  『すみだ川』と『日和下駄』をみると、主人公や荷風の主観が表れている。例えば、『すみだ川』には、「近所一面に啼く蝉の声が殊更に調子急しく聞える」というところに、主人公の蘿月の感じた風景が表れている。また『日和下駄』には、「坂は即ち平地に生じた波瀾である。平坦なる大通は歩いて滑らず躓かず、車を走らせて安全無事、荷物を運ばせて賃銀安しと雖、無聊に苦しむ閑人の散歩には余りに単調に過る。』というところや、「東京の都市いかに醜く汚しと云ふともこゝに住みこゝに朝夕を送るかぎり、醜き中にも幾分の美を捜り汚き中にもまた何かの趣を見出し、以て気は心とやら、無理やりにも少しは居心地住心地のよいやうに自ら思ひなす處がなければならぬ。」というところに、荷風の意見が書かれていて、荷風の視点からみた東京の風景が表れている。このように、自分の主観をいれることで、他の作品との違いをつけている。そういう所が近代的精神とつながると思う。
047103関本温子  「曳舟通りに添ふ堀割を傅つて、直ぐさま左へまがると、土地のものでなければ到底分らないほどに迂曲した小径が、三囲稲荷の横手から向島の土手へと通じて居る。小径に添うては、新しく田圃を埋めたてゝ、まだ人の借りない貸長屋を建てた處もある。廣々した構への外には大な庭石を据並べた植木屋もあれば、全くの田舎らしい茅葺の人家のまばらに続いて居る處もある。その竹垣の間からは夕月に行水をつかつて居る女の姿の見える事もあつた。」
 すみだ川では羅月の目に映る風景が羅月の歩みとともに移り変わっていく。
「振袖火事で有名な本郷本妙寺向側の坂も亦其の麓を流るゝ下水と小橋との為めに私の記憶する處である。」
 日和下駄では、主人公の歩みによって風景が移り変わっていくわけではないが、主人公の過去の経験によって歩まれた道の風景が記憶によって浮き彫りにされている。
 唯川恵を始めとする現代作家の作品に出てくる風景は主人公の歩みや、過去の経験に伴うものである。ふと窓を眺めた先に見えたビル。玄関を出て、見上げた空。すべてが主人公や登場人物の視点に立った風景描写であるといえるだろう。現代の小説に慣れ親しんでしまった私にとって風景は、主人公の背景にあるものに過ぎない。意味がないように思えても、風景が描き出されることによって、時間帯や天候、はたまた主人公の気持ちまでうかがえるような時もある。小雨の降る夜中に、タクシーを飛ばして彼の住むアパートに行った。ただそれだけでは味気なく感じられる。小雨の降る中、家の前の大通りでタクシーを拾う。終電もなくなったこの時間ではタクシーを拾うのはたやすい事である。車の通りは日中の慌しさを微塵とも感じさせない。タクシーは10分ほどで彼のアパートまで着いた。唯川ならこんな感じで描くのではないだろうか。
 羅月の目に映る風景もどことなく似ているように思う。書かれている文体が異なることで雰囲気が違うが、現代の作品と変わりは感じられないように思う。
037103北川頼子   「人並はずれて背が高い上にわたしはいつも日和下駄をはき蝙蝠傘を持って歩く。いかに好く晴れた日でも日和下駄に蝙蝠傘でなければ安心がならぬ。これは年中湿気の多い東京の天気に対して全然信用を置かぬからである。変わりやすいのは男心に秋の空、それにお上の御政事とばかり極ったものでもない。春の花見頃午前(ひるまえ)の晴天は午後(ひるすぎ)の二時三時頃からきまって風にならねば夕方から雨になる。梅雨の中(うち)は申すに及ばず。土用に入ればいついかなる時驟雨沛然(しゅううはいぜん)として来らぬとも計りがたい。(後略)」(日和下駄)
 この文から読み解くと、自分には必要なものについての細かい説明を欠かさず書いている。また、「これは年中湿気の多い東京の天気に対して全然信用を置かぬからである。」とあり、嫌いなのをあっさりと批判する。ここが、近代的精神なのかと思う。しかし、この文やほかの作品を読むと、とても音の歯切れがよく、江戸時代のテンポのよい言葉で書かれてあるのも事実である。内容的には風景を気に入ったもののをまず自分の中の言葉にしてしまい、テンポのよい言葉に直していったのではないかと思う。
 荷風は、外から見た風景(一般的に言われている決り文句・表現)ではなく、内から見た風景(自分が感じたままの率直な言葉・表現)を書き、自分だけの世界観を見出したかったのではないだろうか。自分は戯作者だと言いながら書く作品は、読み手にとっては素晴らしい作品だと評価される。人とは観点が違うということを強く感じ、それをどこか自分だけのものとして考えていたから、自ら戯作者だと言ったのだろう。このような考え方で作品を書いていたことが近代的精神といわれるのではないか。
037105塚本範子  「すみだ川」の中で、主人公が見ている景色が細かく書かれているのは、荷風が景色をありのままに書いているからなのではないかと思います。主人公の感じたことも細かく書かれているので、人の気持ちをありのままに書いているのではないかと思います。主人公を見ていると「自由」を感じます。永井荷風は風景をありのままに捉え、自由な精神が近代的であると思います。
037101秋山彩佳  『川本三郎氏は、『荷風と東京』の中で「荷風はいつも浮世絵や版画のなかの描かれた風景、あるいは江戸文学に描かれた風景を通して目の前の風景を見た。逆にいえば、荷風は、目の前のここにある風景を見ながら、実は、ここにはない風景を見ようとした」と述べておられます。』と書いてある。近代的というのが 近代の特質を備えていて、いかにも新しい感じを与えるさま。合理的で自由な考え方をし、人間性・個性を尊重するという意味になる。荷風は、時間というものを風景と近代精神を照らし合わせて見ているのではないかと思う。
047104相馬美奈子  荷風の作品の中に「七月の黄昏も家々で焚く蚊遣りの煙と共にいつか夜になつて、盆栽を並べて簾をかけた窓外の往来に下駄の音、職人の鼻歌、人の話声が賑に聞え出す。」という文章がある。この部分を読んだときに、綺麗な描写であると思った。けれど、素直に綺麗だとは思えなかった。私の好きな表現とはどこかが違ったからだ。荷風の表現はストレートな表現ばかりであると思う。先ほどの文章の中で言えば、「夜になつて」や「人の話声が賑に聞え出す」など自分の目に映ったものをストレートに文章にしている。ストレートな表現は、ぶっきらぼうに感じるのだ。私が好きな表現方法としては、比喩表現とは少し違いますが遠回しな言い方をしている表現
に心惹かれる。現在の作品にはストレートな表現をしているものはあまりないと思う。少なくとも荷風の風景描写は近代にはない独特な印象を受けた。
047417保田早織  坂という同じテーマでも江戸時代の名所記『紫の一本』は、「六本木より手前、麻布へおりぬなり。大久保加賀守、大田原山城守の屋敷のあはひの坂を云ふ。(略)むかしこの坂にまみの穴ありしとぞ。まみといふは、狸貉の類といふ。」と書いていて、 荷風の『日和下駄』は「坂は即ち平地に生じた波瀾である。平坦なる大通は歩いて滑らず躓かず、車を走らせて安全無事、荷物を運ばせて賃銀安しと雖、無聊に苦しむ閑人の散歩には余りに単調に過る。」となっている。前者は事実をただ単に述べただけであって、授業でも言っていたように、観光案内のパンフレットと同じかんじ。それに対して、荷風は、自分の
037102金田裕美子 荷風の風景の捉え方は、前回・前々回の討議にあるように主観的で意識的(かつ能動的なもの)であると考えられる。具体的には『日和下駄』「いかに醜く汚しと云ふとも」以下のものの見方の努力(?)などだろうか。自我意識の確立が近代文学の主題である。『日和下駄』において荷風が一つの風景をどこから見たか、そこに主観が感じられるのは少なからず荷風の自我意識が見えるような気がする。それを自我意識の確立とするならば、戯作者に身を堕すと言ってはいるが、荷風は江戸(時代の精神)に回帰したわけではない。
047105内藤 千香  荷風の書いた文には随所に近代的な精神を持った部分が現れている。
まず近代な精神とは・・・。それは授業でもやったように「他者とは異なる自己の在り様の自覚」であると思う。つまり、主観的で、自分は自分であるという意識の確立、個性の主張なのである。
こういった部分が現れている文を荷風の『すみだ川』中から引用したい。

 「見て見ぬやうに窃と立止るが、大概はぞつとしない女房ばかりなのでがつかりしたやうに歩調を早めて、自分には損も徳もない貸長屋だの売地の札を見る度びに、今度は其の方の胸算用をして、自分も何か懐手で大儲をして見たいと思ふ。」

 この一文が荷風の近代的精神を表す要素が強い文に思える。なぜなら、こう思うのは荷風の描いた主人公だけだと思うからだ。それに、他者には全く関係の無いことだし(ちょっと下品な?下世話な?内容でもあるし・・・)、そう思ったからどうだ、ということでもない。荷風はこう書いたが他の人はこう書く、というのもあるだろう。そうした違いがでて、それを表すことが近代的精神といえるのだろう。他の者が全く同じ風景を見ても同じことは思わないだろうし、それが普通だろうが、近代的でない思想のものからすれば、思ったとしてもそれは文に表すことではないのではないだろうか。しかし、荷風はそれを文章にしている。「皆(世間一般)」にはどう見えるかではなく、「自分」にとってその風景はどう見えたか捉え、考えることが近代的精神の表れではないかと思う。画一的なものから個別的なものへの変化。それが、他者との違いにつながり、同時に自己の認識となるのだろう。
















ゲーテの若きウェルテルの悩みを読んだとき、風景描写がやたら多かった。/その時は、ウェルテルの恋の行方だけが気になっていたので、風景描写を読むのが面倒にすら感じたが、やはりそれだけでは味気ないと思う。/その時見えるものというのはその時のその人の気持ちがよく表れる思う。/同じ景色でも、悲しい気持ちの時と幸せな気持ちの時とは、全然違うように見える。/その時点で自分なりの風景が見えるので、/(これは関係ないかも。また考えるので載せないで。)