僕の哲学 備忘録的記録
◇詩とは何か
詩には色々な類型がある。劇詩、叙事詩、抒情詩。劇詩は戯曲のための詩。つまり人の身振り手振り、場面・場景についてが詩的に表現されているもの。単にストーリーが展開されているに過ぎないものは劇詩ではなく、物語だと思う(私的な物語はあっても、物語は詩ではない)。叙事詩は事実を客観的に、しかし一定の律の中で歌い上げるもの。律を廃して事実のみを並べたものは叙事詩ではない(もちろん詩でもない)。抒情詩は、近代?現代?の詩の主流?だと思う。抒情詩は広く感情をうたうもので、感情や情景(主観を通した景色・光景)、哲学や思想を「主観的に」表現したもの。感情や景色であっても、それが「主観的に」表現されていなければ、単に散文や随筆にすぎないと思う。「主観的」とは通常の「語法」とは違った言い回し(修辞)が使われている、ということ。例えば、「青い空」を「青い空」というのは通常の語法。でも、「突き抜けた空」というと通常の語法から少し離れる。「青くないこともない空」というのも少し離れている。「青い空間」というとより離れているだろうか。また、おなじ「青い空」という言葉も、文脈によっては通常の語法から離れる。例えば、「朝の目覚めは青い空」というと、「朝の目覚め→青い空」の語と語のつながりが通常はないだろうから、この文章も通常の語法から離れていると思う。比喩や擬人法、押韻や字数制限も通常の語法から離れる手段だと思う。
ずいぶん長くなったけれど、特に最近の抒情詩に顕著だが、詩というのは「通常の語法から離れた文章(詩を文章というかは疑問だが)」を指すのだと思う。ネット上では、「思想や感情が散文的・随筆的に書かれた短い文章」を詩と呼んでいるようだけれど、個人的には疑問が残る。詩と散文・随筆は区別されるべきものであって、詩的な散文・詩的な随筆はあっても、散文や随筆を書けばすぐに詩になる、というわけではないと思う。具体的にどの文章が詩的な散文でどの文章が散文的な詩なのかの判断はできないとは思うけれど、概念としての区別は明確だと思う。もちろん、詩が高尚だとか、散文が低俗だとかは思わない。表現が詩的であってもそうでなくても感動を誘うものもあるし共感を得るものもある。