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桑 名 城 くわなじょう |
★★★★★★☆☆☆☆ | |
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概 要 場所 : 桑名市吉之丸 別称 : 扇城、旭城 構造 : 梯郭式平城(水城) 天守 : 四重六層(焼失) 遺構 : 石垣、堀、天守台(復元) 神戸櫓跡、辰巳櫓跡 蟠龍櫓(外観復元) 指定 : 三重県指定 訪問日 : 2016年05月20日
所 感 城の大部分が九華公園として整備されているので、見易くはあるのだが、その分、文化財の保護という部分では残念に感じる部分は多かった。堀の感じは、水城のそれと分かるほどで、上手く利用しているように感じたが、水害と隣り合わせの中でどのような影響があったのかが気になる。 |
歴 史 文治 2年(1186年) 桑名行綱が城館を創建 永正10年(1513年) 伊藤実房が城館を創建(東城) 伊藤氏(実房→実倫) 天正 2年(1574年) 長島一向一揆後、滝川一益領 天正11年(1582年) 賤ヶ岳の戦い後、織田信雄領になり、 天野景俊が城主になる 天正14年(1586年) 織田信雄家臣、丹羽氏次が城主になる 天正18年(1590年) 小田原征伐後、信雄の改易に伴い、 羽柴秀次領になり、服部一正が城主になる 天正19年(1591年) 一正が伊勢松坂に移封、一柳可遊が城主になる 文禄年間 神戸城の天守移築 文禄 4年(1595年) 可遊が秀次事件連座し、切腹 氏家行広が城主になる 慶長 5年(1600年) 行広が関ヶ原の戦いにおいて西軍に与し、改易 松平家乗が城主となり、水谷光勝を城代とする 慶長 6年(1601年) 本多忠勝が城主になる 本多氏(忠勝→忠政) 元和 3年(1617年) 忠政が播磨姫路に移封、松平定勝が城主になる 久松松平氏(定勝→定行→定綱→定良→定重) 宝永 7年(1710年) 定重が野村騒動により、越後高田に移封 松平忠雅が城主になる 奥平松平氏(忠雅→忠刻→忠啓→忠功→忠和→ 忠翼→忠堯) 文政 6年(1823年) 忠堯が武蔵忍に移封、松平定永が城主になる (松平定信の希望のよる) 久松松平氏(定永→定和→定猷→定敬→定教) 元治元年(1864年) 定敬が京都所司代に任命 慶応 4年(1868年) 鳥羽・伏見の戦いに敗れ、定敬は江戸へ退却 城主不在のまま、無血開城 昭和 3年(1928年) 九華公園が開園 昭和17年(1942年) 三重県史跡に指定 平成15年(2003年) 国土交通省水門統合管理所として 蟠龍櫓を外観復元 |
蟠龍櫓
天守台
本多忠勝像 |