命の授業 その1
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| 由佳は、平成2年2月13日、磐田市にて生まれました。 体重2,140gの小さな赤ちゃんでした。 元気でしたら、今中学3年生、みなさんより二つお姉さんですね。 小さい時から、聞き分けのよい子で、大人の話をきちんと聞くことができ、わがままを言って親を困らせることはほとんどありませんでした。三歳年上のお兄ちゃんが大好きで、いつも、にいに、にいに、と言って追いかけていました。二才のクリスマスの時、お父さんが選んでくれたかわいいぬいぐるみに見向きもせず、お兄ちゃんへのプレゼントのウルトラマンのお人形をすごく欲しがったことがありました。喜んでくれるとばかり思っていたお父さんはがっかりしていました。 外遊びが大好きで、いつも日焼けして真っ黒な子でした。 元気がとりえで、ほとんど病気もすることなく成長していきましたが、4才の夏が終わるころよく熱をだすようになりました。そして大きな病気、白血病にかかっていることが分かったのです。みなさんが2才のときですね。 白血病、テレビの中の話?ドラマの話でしょ。由佳がそんな病気になっているの? 白血病=死という間違った知識しかなかった私は気がくるいそうでした。何かの間違いじゃない?ただただ、信じられない気持ちでお医者さんの話を聞いていました。でも、病室のベッドの上でぐったりしている由佳、病気を認めないわけにはいきませんでした。お医者さんの白血病は70%の人が治ります、と言う言葉を信じるしかありません。 今まで自由だった生活が一転、ベッドの上での不自由な生活になりました。病室から出ることもできません。体の抵抗力がなく細菌に感染しやすいからです。 白血病の治療が始まりました。治療や検査は痛みを伴うことが多くすごく嫌がりました。 その一つが、採血です。血液の病気ですから、頻繁に血液の検査があります。毎週、月水金と採血がありました。4才の子供には、針を刺す注射は嫌ですよね。それを一日おきにしないといけません。はじめは泣いてばかりいましたが、それを受け止めるようになるのです。「今日は月曜日だから、採血だね。いやだな〜。」と言いながらも、泣かずに腕を出すようになっていくのです。ある日こんなことがありました。いつもなら採血する水曜日が祝日でしたので、検査はなく採血しませんでした。しかし、翌日の木曜日に採血することになりました。由佳は「今日は木曜日だから、採血はしないの。」と言って、怒り腕を出そうとしません。無理やり腕を出させても、静かに採血できないので無理です。お医者さんが由佳に説明します。「昨日は祭日で検査がなかったから、木曜日でも今日しないといけないんだよ。」ジッと聞いていた由佳は、横を向いたまま、静かに腕を出しました。採血させてくれたのです。4才の子供がきちんとお医者さんの話を聞いているのです。わが子ながら、えらい!と思いました。そしてこれから先も何度もこう思うのです。 病室は、六人部屋でした。年の近い子供たちが六人、治療をしている時は体調もよくなく、ベッドの上にいることがほとんどですが、治療が終了し体調が良くなると、ベッドの上でじっとなんてしていません。でも、病室からは出られないから、ベッドとベッドの間で遊びます。その姿は元気な子供たちとなんら変わりません。これはお魚釣りのゲームをまさき君というひとつ年上のお兄ちゃんといっしょに遊んでいる写真です。それと病室でセーラームーンのまねをしている由佳です。とても楽しそうでしょ? 子供たちは自分の環境を受け入れ、その中で楽しく過ごそうとしていくのです。 お正月も病院で過ごしました。私はずっと由佳と一緒に病院で生活していました。 治療と治療の間に、体調がよいと外泊(家に帰ること)ができます。家に帰ることは、とても嬉しいことです。由佳はもちろんのこと、お兄ちゃんも大喜びです。お母さんにも会えず、由佳とも離れてお父さんと一緒に留守番していたお兄ちゃんです。すごく寂しかったと思います。 家族全員が一緒に生活できることが、こんなに幸せだったんだと、私たち四人はみなそう思いました。外泊も終わり、病院へ戻らないといけない・・・本当に寂しかったです。お兄ちゃんはこの時小学二年生でした。お母さん行かないで!と泣いたことは一度もありませんでしたが、カーテンの隙間から、病院へ戻る由佳と私をじっと見ていました。この時、元気になって一日も早く家に戻ろうと強く強く思いました。 入院から七ヶ月が過ぎました。退院の日が来ました。由佳の体の中には、白血病の悪い細胞が目では見えない状態になりました。由佳は五才、お兄ちゃんは三年生になっていました。ようやく、普通の生活に戻れます。とてもうれしかった。頑張った由佳をいっぱい褒めました。 普通の生活がこんなにすばらしい物だと言うことを私たち家族は由佳の入院で学びました。 |
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