PLAY&MUSIC2
***2002年4月〜2002年6月***
近頃劇見たり音楽聴きに行ったりします。
記録魔YUKOです。
これを読んだご本人様、素人YUKOが勝手に思って書いています。
笑って済ませてください。
もし、気を悪くされた場合は、すぐにお知らせください。
内容を早急に訂正させていただきます。
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オルガン+αシリーズ 中世の民衆とオルガン〜教会の壁・・・内と外〜
場所 東京藝術大学奏楽堂(大学構内) 日時 2002年6月29日(土)18時00分開演

タブラトゥーラが出演する、ということで見に行くことにした。
しかも、奏楽堂は初めてだ。
座席は革で出来ており、腰とお尻の部分にクッションがついている。
革が、木と違って暖かく、座りやすい。
まずは教会の鐘の音から始まる

そうして、今井奈緒子さんのパイプオルガン。
パイプオルガンのパイプが青いライトが当たって綺麗。
『ミの音の上で』という曲だけあり、ミの音がずぅっと鳴り続けその上で曲が奏でられる。
曲が終わると劇が始まる。
庶民の女が、近所で熱と黒い斑点の病気で死んでいく周りの人たちを嘆く。
食べるものも少なく、栄養のあるものを食べれば助かるものも助からない。
民衆の助けを求める叫びの一方、その助けを求める場所である教会は私服を肥やしていく。

オルガンでのエスタンピ。
タブラトゥーラでも演奏されることがあるが、オルガンで聞くと、高尚なものに聞こえるから不思議だ。
波多野睦美さんの歌は、タブラトゥーラ以外で聞くのは初めてだが、オルガンと一緒に聴くと、聖歌隊のような気がする。
透明な歌声がいっそう透明に聞こえる。

タブラトゥーラは民衆の音楽の代表として登場する。
そのわりにいつもと変わらない曲だったりして、チャンバラにいたっては、江崎さんのお祭りマンボや、つのださんのパイプラインが入っていたりして、なんやねん、という感じである。
休憩後、波多野さんの歌の独唱。フォーベルの話で、フォーベルはロバの意味と、へつらい、貧欲、卑劣、不実、嫉妬、卑怯の頭文字をあわせたものとが掛けられている。
フォーベルは、持って生まれたいんちきさで出世し、全ての上に立つものという地位まで上り詰める。
彼は『運命の女神』に求婚をするが、ふられたばかりか彼女のおつきの『虚栄』結婚する羽目になる。そうして、2人からは、無数のフォーベルが生まれるのだ、という話。
民衆の教会を皮肉るものすごさは、救いをいくら求めても救われない民衆の悲しさを物語っているような気がする。

フォーベルの次は、今井さんのオルガン。
教会音楽らしく、華やかな音が多い。
オルガンの脇に座っている人が忙しそうだった。
楽譜をめくる、オルガンの音を変えるボタンを操作する、右へ左へ動く。
今井さんのオルガンも、両手両足がめまぐるしく動き(後ろ向きなので想像含む)、見ていて面白い。

最後にまたタブラトゥーラの登場。
夜の蟹の、田崎さんの自分の世界に入り込み具合というのもなかなか素晴らしく、よっぱらった蟹が海辺を闊歩するかのようである。
周りではかなり笑い声が起こっていた。
最後の海賊の歌は、今井さんのオルガンつき。
いつもの踊れる海賊の歌ではなく、おとなしく聴いていた方がいいかも、の海賊の歌に聞こえ、つのださんの『踊れます』の信憑性が薄かった。

噂に聞いたところによると皆であわせた稽古が当日までできなかったそうだ。
それぞれのグループがそれぞれ練習してきてあわせたので、全体でどれくらいの時間になるのかが前もって計れず、結局2時間半の公演となった。
ではあるが、2時間以上もかかったとは思わせない、楽しい公演だった。

彩の国ベートーヴェン・シリーズ ベートーヴェン『ミサ・ソレムニス』/東京交響楽団他
場所 さいたま 埼玉会館大ホール 日時 2002年6月22日(土)17時00分開演

友人のまゆちゃんに誘われていくことにする。まゆちゃんは、東響コーラスに所属しており、今回オーディションに受かって参加することになった由。
これはいくしかないよな、と、まゆちゃんにチケットをお願いした。

今回の公演は東京交響楽団と4人のソリスト達との競演だ。
ベートーベンを聴くのは初めてだが、マーラーで爆睡かました私である。
眠りこける自信はあった。
最初の曲、キリエはコーラス、ソロが美しく、大丈夫かも、と思わせる。

しかし、やってしまった。
3曲目、意識が遠くなり、かっくん。いけない、いけない、ちゃんと聴かねば、と頭を動かすのだがやっぱりかっくん。
休憩前に漸く意識がはっきりした。

残念だったのはたまあに管楽器が音をはずす事。
全体的に若い人が多かったからか。
コーラスはオーディションがあるとの事で美しい歌声を聴かせてくれた。

休憩後のサンクトゥスはコンサートミストレスのソロがあった。
他の弦楽器はビチカートだったので大変さは一目瞭然。
最後はアニュス・ディ。
教会で聴いたら合うんだろうなと思わせる。
せっかく誘ってくれたのに、コーラスのソプラノ高い声が出るなあ、とかソロの人たちの声は一番後ろまで届いているのかなあ、とかそんなことしか考えていない自分がいて、ちょっと申し訳ないな、と思ったりした。
フルオーケストラ、相性がわるいのか、それともベートーベンか。

タブラじょんがらトゥーラ節/タブラトゥーラ
場所 所沢 松明堂音楽ホール 日時 2002年5月26日(日)15時00分開演

ko!君を誘って一緒に行ってきた。所沢はやっぱり遠い。
今回は津軽三味線とのコラボレートだ。どうマッチするのか楽しみにしていた。
三味線の高橋李祐麗(りゅうま)さんは今年22歳になる若手で、これからどんどん出て来る人なんだろうと思う。

前半はオリジナルメンバーでの演奏だ。
いつもの悲しみはつのりてから。
続いてイタリア語で蒙古を意味するあタルタリア。

それから古いフランスの歌3曲。
江崎さんは、1曲目をアルトリコーダー2曲目をショーム3曲目をソプラノリコーダーと1曲づつ持ち替える。
新しい自転車では近藤さんがダルシマー、タンバリン、太鼓をいっぺんに鳴らす。

おお、と思ったのがお客様が余韻の最後を待ってから拍手をすること。
私は最後の余韻が好きなので嬉しい。

トロキルスは相変わらず凄い。
アドリブはCDと違っていて、違う〜、と思ったのだが、アドリブなんだから当たり前だよね〜、と気がついた。
前半最後のエルソンブレロは数日前にニュース番組で流れていた曲で、思わず、家族の前で『タブ、タブ〜ッ、エルソンブレロッ』とはしゃいでしまったのだが、時々タブラトゥーラの曲がこうやってTVで聴けるのが嬉しい。
今回のエルソンブレロは、アドリブが凄かった。江崎さんの指はピコピコ動くし田崎さんもリキ入っているし。

休憩後は津軽三味線のソロから。秋田荷方節と津軽じょわがら節。
三味線は上から123の線と数え、1が一番低く3が一番高い。
1は驚かせ2は澄んだ音(音澄ネズミと読む)を聴かせ3で泣かせるという。
バチで叩く音も含めて音を奏でるように思う。
バチの音はさながらパーカッションのようである。

タブのメンバー含めての演奏は、三味線が入るだけで音が膨らみ、別の音楽を聴いているようだ。
チャンバラはまさにっと言う感じではまる。
バンブーレインは三味線がお琴風で日本庭園にいるかのよう、パルマスはパーカッション化され、海賊の唄は沖縄の三線のよう。

この海賊の唄の前に、つのださんがやってくれた。
衣裳を脱ぐと、ショッキングピンクラメのランニングを着ていたのだ。
これにはメンバーも大笑い。どうやらメンバーも知らなかったらしい。
直前まで、『メロディーラインを演奏する2人(江崎さん、田崎さん)が、三味線に負けちゃうよ、と言うから、音楽は勝ち負けじゃないんだ、と言った』と言っていた大人のつのださんが若い高橋さんと張り合っている子供のように見えた。

アンコールは、2曲。2曲目のチャンバラは、本編でも演奏されたが、こちらの方がみんなが楽しそうに演奏していて、こちらも顔がほころんだ。
特に受けたのが、つのださんの真似をして片足を椅子の上にのっけた江崎さんが、田崎さんのいぢわるで椅子がどんどん前に進んでしまい、それにもめげずに演奏していたこと。
ずるずるっと椅子が引かれ、それにあわせて後ろ足を前にずりずりと動かし、でも演奏はしっかりとする。
腹筋と背筋がすごいんだろうな、と思う。
この公演で、民族楽器は国を問わずなじむんだなあ、と思った一日だった。

白石准のピアノの部屋VOL.24 独逸歌曲三昧
場所 門前仲町 門仲天井ホール 日時 2002年5月17日(金)19時15分開演

メゾソプラノ歌手のぴよきちさんのサイトの、きり番カウンタゲットで、頂いたご招待。ほいほい、と有難くお受けした。
近頃は、バロック以外の音楽ととーんとご無沙汰だし、というより、クラシックは敬遠していたのだが、これも何かの縁だ、行くぞ、と決意。
わからなかったら、わからなかったでいいかな、とも思って。

門前仲町は、毎週通っていたわりに、こんなホールがあるとは思わなかった。
ホールは、50人ほどの客席と、ピアノがおいてある、それほど大きくないもの。
とりあえず、中央2列目をゲットした。

白石さんのご挨拶から始まる。
そうして、ぴよきちさんこと池田香織さんの登場。
ブラームスの歌曲から。
彼女の声は、高い声が良く伸び、綺麗な声をしている。低い声がちょっと聞き取りづらいときもあるけれど、私がピアノの目の前に居たのも原因かも。
ブラームスの5月(青春)をテーマにした楽曲は、恋を切なく歌い上げたり、高らかに宣言したり、表情もあいまって自分もドキドキしてくる。

3曲歌った後は、チェロの登場。
チェロは、大島純さん。
本当は、ピアノ、アルト、ビオラのためのものらしいのだが、今日はメゾソプラノとチェロで奏でる。
実は、普通のチェロを間近で見たのは、生まれて初めて。
後でぴよきちさんに言ったら、そっちのほうが珍しい、と珍しがられたが。
音色も違えば、音の大きさも違い、チェロの音色をずぅっと聴いていた。
歌聴けって、私。

ドリンクつき(赤白ワイン、オレンジジュース)の休憩の後は、ベルクという作曲家の曲。
1906年ごろの彼の初期の作品とのことだが、かなり抽象的。
特に、最初の夜(NACHT)という曲は、特に抽象的だった。
その後、葦の歌は、細い葦がそよそよとなびかれている感じだったし、夜鳴き鶯はロマンティック、無上の夢は幻想的、部屋の中では、かわいい、愛を讃えるは不思議な、夏の日は情熱的な、そんな感じの曲で、それほど難解、とは思えなかったけれど、何回も聴いていると、もっとそれぞれが綺麗な曲に思えるんだろうな、と思う。

次の曲は、歌なしの、白石さんのピアノ独奏。
ソナタ。
流れるような、綺麗な曲ではあるが、不協和音が連なり、でも、その不協和音が心地よく、途中で、理解しようという気持ちを払拭させた。
そうよ、何も考えずに聴いていればいいのよ。

最後の作曲家はシュトラウス。
シュトラウスは全体的に、叙情的で、綺麗な曲が多いような気がした。
どうして秘めておけるだろう、という曲は、恋するあふれて出る思いをそのまま歌ったような感じがしたし。
明日という曲は、静かな草原、まだ薄暗く、でも少しずつ夜が開け、空の色が明るくなってきた風景が浮かんできた。
セレナーデは、本来は男性が夜、窓の下で愛する女性へ向けて歌う曲とのことだが、今日はメゾソプラノが歌う。
恋する男性の、高鳴る胸の音を、細やかなピアノのタッチで表現されているような気がしていた。
プログラムにある、最後の曲、解き放たれて、という曲は、悲しい曲。
ぴよきちさんは、心が入りすぎ、途中で胸がつぶれそうになったようだ。
結局、『なかったことに』ということで、もう一度歌いなおし。
ではあるが、やっぱりかなり辛そうだった。こちらも、その辛さが伝わってきて、涙がこぼれた。

悲しい気持ちを元に戻すため、もう一曲、シュトラウスを歌ってくださったが、曲名を控えるのを失念。これは、どちらかというと、歌い上げるタイプの曲だった。

白石さんの、ピアノの滑らかな音、ぴよきちさんの高音の力強さ、バロック以前の曲以外の音楽は久しぶりだったけれど、目一杯楽しめた音楽会だった。
やっぱり小さいホールで、身近で聴くのがいちばんいい。

ラテン・バロックへの挑戦/ラ・フォンテーヌ
場所 初台 近江楽堂 日時 2002年5月11日(土)19時00分開演

久しぶりのラ・フォンテーヌ。
今回はラテン・バロックへの挑戦ということで、イタリア、フランス、スペインのバロックを演奏するとのこと。
大阪からラ・フォンテーヌ応援サイト運営しているうーまるさんとみむさんがいらっしゃって、楽しみはますます膨らむ。
今回は、上京してくださったお二人と共に、こきんさんも一緒に近江楽堂へと出かけた。
現地ではこきんさんはご一緒に見る方がいらっしゃったので席ははなれてしまったのだけれど。

まずはヴィヴァルディの海の嵐から。去年の9月ではメンバーの一人が水中眼鏡、浮輪等を装着したものだ。
しかし今回は真面目に演奏。
次のペルゴレーシのソナタは、なんとオーボエだけだった三宮さんがリコーダーデビューとなった。
1楽章は2人共オーボエ、2楽章が2人共リコーダーに持ち換え、3楽章はまたオーボエとなる。
やっぱり何か新しい事をやらかしてくれる。

次の水永さんのソロは華やかで、チェンバロ弾いてみたい病を増長させる。
前半最後は未開人と言う曲。
三宮さんはオーボエ・ダ・カッチャと言う長く曲がったオーボエを演奏。
未開人がのっしのっし歩いているような感じの曲だった。

後半はプラッティのトリオから。江崎さんはファゴットで低音の魅力をふりまく。
バツハのイタリア協奏曲はチェンバロの曲をアレンジして、最後のラ・フォリアはメンバーの作曲を合わせて演奏。
特にラ・フォリアは2、3、4、6拍子がくるくる巡り、早さもくるくる変わり、楽しい曲だった。
演奏者達は大変だったそうだけれど。
やり遂げた時の達成感は素晴らしいものだったに違いない。

しかし、今回は皆真面目でいつものラ・フォンテーヌ違うっと思い続けていたのだが、やっぱりやってくれた。
アンコールで2人がアフロヘアのかつらをかぶり、マンボNO.5。
江崎さんに至ってはファゴットを演奏しつつバナナの形をしたマラカスをシャカシャカ。
せっかくの2枚目路線丸潰れだったけれど、こうでなくっちゃラ・フォンテーヌではないかも。

全体的に皆の素早い指の動きに感動した演奏会だった。

音楽の森(セルエ ムジカーリ) バロック音楽に誘われて
場所 佐倉市西志津ふれあいセンターホール 日時 2002年5月5日(日)14時00分開演

先日のアリエ・ムジカーリに出演されていた春日保人さんが、近所で公演をやる事がわかり、連絡を取ってチケットをゲットした。
イギリス、イタリア、ドイツ、フランスのバロック音楽の森に出かけるのだ。
が、会場について忘れ物に気づく。筆記用具をすっかり忘れてしまった。
聴いたとき、その場の感想を一言書きながら聴きたかったのに。

メンバーは、バリトンの春日さんの他、チェンバロが春日さんの奥様の万里子さん、バロックバイオリンに渡邉さとみさんと、3人での演奏会となる。
イギリスの民謡である『グリーン・スリーブス』から始まる。
皆さん緊張しているのか、硬い音。硬い声。
それとも、春日さんの専門はイタリアバロックらしいので、そのせいもあるのか。

それが証拠に、イタリアの森に入った途端、表情が生き生きとし、声も出るようになったような気がする。
先日のフレスコバルディと同じ曲もあったようだが、先日はソプラノの方が歌ったり、カウンターテナーの方が歌ったりしていた曲なので、曲の表情も変わり、興味深い。

ドイツは、バッハが登場。
これは、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタで、素人が感じるバロック音楽といえばこんな曲、というものの典型的な曲のような感じがする。
チェンバロが華やかに奏で、バイオリンがそれにあわせて歌うように奏でる。
第2楽章が終わったときに、観客からつい拍手が出たのはご愛嬌、ということで。

最後はフランス。
ヘラクレスの死、というカンタータである。
こうして聴いてみると、各国ごと、特徴があるような気がする。
イギリスはメランコリック、イタリアは華やか、ドイツは飾りがなく重厚、フランスは宮廷で聴いている様な気がする。

一時に色々な国の曲を聴き、比較できるのは贅沢だな、と思う。
同じ内容で、都内で6月にも行うそうだ。

アリエ・ムジカーリ/ジャルディーノ・ムジカーレ第一回公演
場所 東京オペラシティ リサイタルホール 日時 2002年4月20日(土)19時00分開演

友人の彌勒君の主宰するジャルディーノ・ムジカーレ旗揚げ公演。
しかし、彼と友人でなければ絶対に聴きに行こうとは思わなかっただろうな、と思う。
(ごめん、彌勒君)

今回は、『フレスコバルディ』という1600年代のイタリアの作曲家の作品を上演するらしい。
が、作品はどうでもよかった。
私の目的は、2つ。
1)私の好きな長久真実子さんのチェンバロのソロがあること。これははずせない。
2)友人彌勒君のカウンターテナーの生のソロが音響のいいところで聴けること。
特に、彌勒君のソロの歌は、芸大時代に1度ちょろり、2年前体育館での記念式典でちょろり、と聴いた程度でしっかりと聴いた事がなく、ずぅっと聴きたい、と思っていたのであった。

まず、主宰者の解説から。
『レチタール・カンタント』とは何ぞや。
レチタール=演じる
カンタント=歌う
ということで、ただ歌うだけでなく、演じながら歌う。表情なども含めて楽しんでください、とのこと。

であるのに、斜め前の男性が大きく、歌っている人の姿がまるっきり見えない。声だけじゃわからないよ〜。
ではあるが、公演は進む。まずはバリトンのソロから。
さわやかな、颯爽とした感じの声の春日保人さんの声は、結構好きかも。

ソプラノの小池智子さんの声は、メゾに近い感じの声で、柔らかい。
空気も一緒に声が出ているようで、優しい穏やかな声である。
カウンターテナーの彌勒忠史君の声は、艶がある。聴いていてどきどきした。

リコーダーの篠原理華さんの音は、柔らかい。優しい吹き方で、和やかにさせる感じがする。
長久さんのチェンバロは、音が小さく、あまりどーんと聞こえなかったのだが(というより、今まで聞いてきた場所が小さかったので、しっかりと聴けたのだろう)、伴奏だし仕方ないのかな、という感じがした。

今回の長久さんは大変だ。19曲全てに出演、しかも自分のソロもある。
そのソロも長いのだ。後で本人に聞いてみたら12〜3分あり、
『みんな飽きてきているだろうな、でもまだあるんだよ〜、と思いながらゆっくり楽譜のページをめくっていた』とのこと。華やかな曲で、私は飽きずに聴く事が出来たけれど

後半は、席を移動し、歌っている人たちの表情がしっかり見える位置に移動。
やっぱり表情がみえないと楽しさ半減だ、ということが判った。
切なそうな顔、楽しそうな顔、表情を見ていると、一緒に配られた訳を見なくてもどんな歌かわかるような気がする。
気がするだけだけれど。

コーラスになると、ソプラノの声が殆ど聞こえず、カウンターテナーやバリトンに負けていたように思えたけれど、みんな楽しそうに歌ったり、演奏していたのがよかった。