イタリアの旅7

2001年10月6日(土)〜2001年10月13日(土)
食いだおれ!

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***7日目&8日目(最終日)***21664歩(ミラノ空港まで)、1829歩(飛行機搭乗から自宅にて就寝まで)

7:30起床。朝食は、日に日に軽くなっていく。
今日は、シリアルと、フルーツのヨーグルト掛け、チーズのみ。
まず、9:30openの、Mさんのお直しをお願いしていたブティックへ。
続いて、雑貨やさんへ。
ここは、6月にT君が帰国して公演をした際に使用した美味しいチョコレートが売っているところ。
前日の夜に、地図に印をつけてもらっていたので、何とキロ買いしてしまった。
このチョコは、直径1センチくらいの丸いチョコの中に、香ばしいコーヒー豆が入っているもの。
本当に美味しいのだ。

続いて、旧ボローニャ大学解剖室へ。
世界で一番最初に出来た大学の、教室がいまだに残っているのだ。
全てが木で出来た四角形の階段教室の中央には、大理石で出来たベッドがおいてある。
ここで解剖をしたのか、と昔の授業の様子に思いをはせた。

マジョーレ街の柱廊。雨の日は楽だね。 続いてマッジョーレ街をそぞろ歩く。
中世の町並みが残っているところで、柱廊が延々と続いている。
柱廊といえばボローニャ、ボローニャと言えば柱廊(とはちと言い過ぎか)ということで、
雨の中町をそぞろ歩いても傘がいらないのが嬉しい。
といっても、旅行中に傘が必要だったことはなかったのだが。

12:00近くになり、ホテルのチェックアウトをする。
荷物は飛行機の時間まで預かってもらう事にする。
続いて、ラ・ペルラのお直しを取りに行く。
顔をみただけですぐに『これよ』と出してくれ、綺麗に包装して手渡してくれた。
お直し代はちなみに5000リラ(350円位か)。安いぞ、イタリア。

お昼ご飯はホテル側のレストランで。
アンティパストは、トーストの上にきのこのソテーを乗っけたもの。
トルッテリーニボローニャ風。四角いパスタの中に詰め物をしておへその様に丸めたもの。ミートソースみたいなソースがかかっている。
パンのすすむこと、進むこと。
6切れあったパンのうち、5切れを私が食べてしまった。
カフェマキアートで締め。

ボローニャの中を迷走。
あてどもなく、地図も見ずに適当に歩き回る。迷子になりに歩き回った感じだ。
街から塔を。結構目印になります 漸く見知った双子の塔を発見し、マジョーレ広場にたどり着く。
いい加減疲れ果て、大聖堂の中で休憩。最後にもう一度よくよく見てみる。

15:00過ぎ、空港へ。早すぎるのだけれど、疲れてしまったので、先へとりあえず行くことにしたのだ。
税関で免税手続きをし、スーツケースの中に荷物を入れてしまう。
これで、手荷物は自分のバッグだけに。
チェックイン後、3階のカフェでジェラートを食べる。

中に入り、最後のお土産を物色。というより、リラをなくすために使い果たした、と言ったほうがいいかも。
バルサミコと水を購入。水はあったほうがいい。喉が痛いので、水を欲するのだ。
漸く搭乗。
何と、横4列、縦19列の76人のり。小さい。翼にはプロペラがついているし。

何事もなくミラノ・マルペンサ空港へ到着。
マルペンサについて、違和感を覚える。あ、日本人が多いんだ。今まで、どんなに東洋人が少なかったかを実感させた。
免税の税関は日本人で大行列をしていた。
俳優の石田純一さんも一緒に並んでいた。ありゃ、こんな人でも並ぶのね〜、と思いつつ横目で行列を見ながらTAX分を戻しいれしてもらう。
日本円+リラで貰うが、リラがまた増えてしまったので、バッチチョコを購入。
搭乗前、最後にT君にお礼の電話。
本当に、お世話になりました。

アリタリアとJALの共同運航便で、機材はJALだった。
キャビンアテンダントはもちろん日本人。座席には、おのおの小さいテレビが付いており、10チャンネル以上が見放題だ。
ここで、ブリジットジョーンズの日記を発見。喜び勇んで日本語ヴァージョンを見る。漸く映画の筋がわかった。
時間どおり、飛行機は成田に着陸。
無事、日本に帰ってこられた。
今回、途中で風邪が悪化し、食欲も落ちてしまったのが残念。
が、それは自分の健康管理が悪かったこと。
自己管理、しっかりとしていきたい。

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