朝、出発が遅かったので、朝のお散歩を4人でする。
すると、面白いのを見つけた。
なんと、リスボンのガソリンスタンドは、ビルの中にあるのだ。ガソリンの給油機は歩道に立っている。思わず激写。
ということで、今日はリスボンの観光である。午後には、シントラの王宮見学と、ヨーロッパ最西端のロカ岬へと向かう。
まず、世界遺産のベレンの塔へ。
水中工事で作られたこの塔は、水牢になったこともあるそうな。
続いて発見のモニュメントへ。
エンリケ航海王に始まって、バスコ・ダ・ガマ、フランシスコ・ザビエル等、
新大陸、新航路発見当時に活躍した人たち33人が掘られている。
とにかく大きく、この写真をとるのに、どれだけ離れて撮った事か!
続いて、ジェロニモス修道院へ。
現在、修復中で、綺麗な部分と黒ずんだ部分とが半々くらいになっている。
修復前は真っ黒だったって事か。綺麗な部分を見ていると、建築当時、ほんとに立派だったんだなぁ、と実感できる。
修道院の中には、バスコ・ダ・ガマのお墓や、新大陸発見時代に現地から連れてきた原住民の顔のレリーフや、現地にいた動植物が形どられた壁や柱がある。ガイドさん曰く、16世紀の百科事典だそうだ。
お昼ご飯、行程表いわく『バカリャウ料理』を頂く。
どうやらたらの料理、という意味らしい。
このたらの料理、ジャガイモの細切れと、一夜干し(らしい)たらの細切れを一緒にオーブンかフライパンで焼いたって感じの料理。
が、どうやら一夜干しの塩分を考えていなかったらしい。
塩辛いっ。ということで、全員が残してしまった。
現地ガイドさんが文句を言ってくれたけれどね。
午後からは、ポルトガルの王族の避暑地だったところ、シントラへ。
が、残念ながら、王宮がお休みの日で、我らは、写真ポイントで写真を撮っておしまいとなった。ちっ。
それから、ヨーロッパ最西端のロカ岬である。
ここでは、なんと、最西端到達証明書をくれる。
台紙付きで900エスクード。夫婦、家族は1枚でもOKらしいが、私と母は、敢えて別々にした。保管責任でもめるの嫌だったし。
岬だけあって、風が強い。が、天気はサイコーに素晴らしい。眩しい。
岬に向かうと、なんか場違いな音がする。バグパイプだ。
ここはポルトガルなのに・・・。スコットランドじゃないのに・・・
でも、バグパイプの音を聴いて、海を見ていると、雄大な気分になれる。
これで風さえ強くなければ・・・。ハードコンタクトレンズの私には、砂が目に入って痛い痛い。
早々に風除けにおみやげ物やさんに非難してしまった。
今度来る時(来ることができればの話だが)は眼鏡で来るぞ。
観光が早めに終わったので、夕食の集合時間まで街を散歩する。
ショッピングセンターが近所にある、とのことで、早速行ってみる。
1階と2階が小売店集合体のショッピングセンター。
靴屋さん、鞄屋さん、下着屋さん、本屋さん、カフェ、スーパー、小物屋さん、洋服屋さんなどがひしめき合っている。でも、全体規模は小さい。
ここで、何故かアメリカブランドのTシャツを買ってしまった。ヨーロッパにいるのに・・・
今日の晩御飯は、ファドを聴きながらのディナーショーだ。
ファドというのは、『ポルトガルの演歌』と言われている音楽。
日本人の耳にも馴染みやすいらしい。
今回初めてファドを聴くので、楽しみにしていたのだ。
食事は、ポテトのポタージュにキャベツの千切りが入ったもの、イカのリングフライ蒸かし芋とサラダ添え、オレンジのスライス、パンとコーヒー。
イカノリングフライは下味がついていてまぁまぁ美味しかった。
食べていると、明かりが暗くなり、ギターとマンドリンの大きい感じの楽器を持った男性が舞台にたった。それから体格のいいちょっと人のよさそうなおばちゃんが舞台に上がる。
おもむろにポーズを取ると、メゾソプラノに近い、涼しげな声で歌い始めた。
どちらかというと、明るめの曲調で、演歌と言うよりロシア民謡、と言った感じ。
3曲歌い終わると、彼女は舞台から降りてお店から出て行ってしまった。
続いて、また体格のいい、でも今度はちょっとお化粧の濃いおばちゃんが登場。
声はとにかく迫力のあるアルト。性格も明るいらしくて、私たちに拍手を求めたり、手拍子を求めたりして、明るい曲を歌い上げていく。
彼女も3曲歌って舞台から降りていった。
続いて、白、赤、青、黄色などの様々な色を使ったベストとスカートの民族衣装を来た男女2人づつと、バンドネオンをもった男性がやってくる。
彼らは、短いスカートをくるくる廻しながら、踊り、激しくタップを踏む。
スカートは腰の辺りで円盤のように円を描き、下にはいているペチコートが丸見え状態となる。ま、見せるためのペチコなんだけれど。
ダンスは良く分からないけれど、多分、フォークダンスなんだろう。
そうして、今度は黒いマントを羽織った男性が登場。
彼の曲は、Kさんの旦那様が映画で聴いたファドのようだ、と言わしめるほど、日本人のイメージにあるファドだったようだ。
床にまで響くような、バリトンくらいの声で、短調のファドを歌う。
彼の唄が一番印象に残った。