スペインの旅5

2004年1月10日(土)〜2004年1月18日(日)
長距離移動!。

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JOURNEY

5日目−1/14(水)− 8440歩
コルドバのオレンジ
オレンジはセヴィリアオレンジという。ここはコルドバなのに。
苦くて食べられないそう。

山口さん
メスキータが建設された時に柱に作成者の名前を彫ったらしい。
日本人も居たのさ。
(大嘘。これは良く似ているがヘブライ語の名前だそう。)

教会の天井
メスキータ内にある教会の天井。ルネサンス様式。
中をすっかり変えてしまうってのはどうなんだろう

コロ
聖歌隊席。コロ、という。バロック様式。
マホガニー製で109席ある。

花の小道
花の小道。向こうに見えるはメスキータの塔。
冬なので花が少ない。

ソパデアホ。クリームスープ イカのオリーブオイル漬。美味
手前は魚のフライ、あっさり。奥はチョリソ。ぴり辛ではないが塩辛い スペイン風オムレツ。一口大で楊枝が刺さっている
ランチ。4人で一皿を分け合う。結構美味しかった。

ドンキホーテの風車
ドン・キホーテが巨人に間違えた風車。
確かに巨人に見え・・・ない。

コンスエグラの町。こじんまり。
コンスエグラの町。こじんまりとしていて、田舎町、という感じ。

温野菜のサラダ。オリーブオイル漬のよう デザートは三色アイス
メルルーサを撮り損ねた。晩御飯。

5ツ星ホテル
洗面所5ツ星ホテルはさすがに歴史を感じるのである。
バスルームは改装済で、シンクが2つあるのも嬉しい。

6:30起床、7:00荷物出し及び朝ご飯、8:00出発。
10:00コルドバに到着。

まずはメスキータへ。
昔のムスクを残し、内装のみキリスト教会へ改装したもので、もともとは8世紀から10世紀に建てられたものである。
当時、コルドバは人口50万人、欧州で一番大きい町だったそうだ。
モスクも大きさが2万5千平方メートル、世界で一番大きいモスクだったとのこと。
以前は19あったアーチ型の入り口は1つを除き全て閉ざされ、中は真っ暗である。
昔はさぞかし明るかったんだろうなぁ・・・。

中央にある大聖堂は17世紀のバロック様式でパイプオルガンは2機。17世紀製と18世紀製ででかい。
今でも両方とも使われているそうだ。300年以上も前の楽器が未だに使われている、というのは素晴らしいことだ。

この大聖堂を作るために10世紀には1013本あった柱が、現在は856本になっているらしい。大きい聖堂を作るために柱を壊したそうだ。
また、10世紀に増築した際、柱を作った人々は、自分の名前をサインしたらしい。
今でも残っており、ユダヤ教徒、キリスト教徒も作った形跡がある。
今では仲がいいとはいえない宗教も、当時はみな仲が良かったんだろうな、と想像してみた。でも、人を知ると、宗教なんて関係ないもんね。

旧ユダヤ人街へ。
パティオ(中庭)に贅を凝らしたお宅が多く、毎年4月にはパティオのコンクールがあるそうだ。
パティオによって、建物へ直接太陽の光が入ることがなく涼しく過ごすことが出来るらしい。

一応、以前にも行った花の小道へ。
花の時期でないのが残念。

迷路を通って新市街地へ。35年程前に出来た街で、城壁の外に出来ている。さすがに道路も広く、車も通れる。

アルカサル(お城)は外観のみ観覧。
以前はイスラムの宮殿であったのだが、崩してスペインの城に改築したらしい。
有名なイザベル女王とフェルナンド王も、6年間住んでいたそうだ。
今は博物館になっている。

暫く自由行動。
お土産を物色したり、花の小道の奥のお店に、紀元頃の井戸が残っており、それを見に行ったり、時間をつぶす。
もう一度ユダヤ人街に行きたかったのだが、如何せん迷路のような道である。花の小道までがせいぜいであった。
素焼きの小さいお皿を会社のお土産用に購入。

お昼ご飯はタパス。ソパデアホ(にんにくのスープ)、スペイン風オムレツ、魚のフライ、イカのオリーブ漬、チョリソ、りんごまるごと。
りんごは、ナイフだけで頂く。それだけで疲れた。

午後はひたすら移動。
ここからマドリッドへ向けてgo!である。
途中、ラ・マンチャ地方コンスエグラでドン・キホーテが戦いを挑もうとした、といわれる風車を見る。
ドン・キホーテはセルバンテス(1547-1615←シェークスピアと同じくらいだ)が作った前半52章、後半74章の壮大なお話で、ヨーロッパで一番のベストセラーとも言われている。(世界でかも!)

セルバンテス自身も不遇な人生を送っていたらしい。
外科医の父親は仕事嫌いで、満足に勉強をさせてもらえず、軍に入るも捕虜になり左手の自由を失い、37歳で結婚、小さな職を見つけるが汚職の罪を着せられ投獄され・・・。
だからこそ、当時の社会を風刺したような小説が書けたのか。

コンスエグラに到着。
コンスエグラは人口約1万人の小さな町だ。10月最後の日曜にサフラン祭りが行われることでも有名である。

民家の入り口にはカーテンがかかっており、夏はドアは開けておき、カーテンのみ下げて生活しているらしい。
朝、涼しいうちに風を中に入れ家の中を涼しくし、昼暑いときにでもその涼しい空気が家の中に残るように、という意味もあるらしい。
今は寒いのでドアは閉まっているが、夏はドアを開けたまま、ということは治安がいい街ということなのだろう。

風車は今は10機ほど並んでいる。
昔は30機ほど並んでいたそうだ。
この風車は粉ひき用で、風車の一番上には小さい窓が沢山あいており、風向きををチェック、屋根を回して屋根についている羽根を風に合わせて調節するそう。
屋根の、羽根の反対側には地面にまで届くほどの棒がついており、その棒で屋根をまわすのだそう。

1件だけ中を見ることが出来る。3年前と変わらないおじさんで、面白い日本語を喋る。
上に上がるのに60セント(3年前は100ペセタ)。
3年前は、どの風車も屋根が壊れ、壁は色がはげ、というものが殆どだったが、今は見事に修復され、観光地らしくなっていた。

実は、街から風車までの道は、街の人たちがお金を出し合って作ったものだそうだ。
それだけ、観光客が多い、ということなんだよね〜。

続いてはマドリッドへgo!。
旅の最終宿泊地である。
今回は、マドリッドは5ツ星ホテル泊!というのが目玉であった。
が、その前に夕食。

今日のメニューはサラダ(豆の炒め物。オリーブオイルたっぷり)、メルルーサ(揚げたものが2切れ、レタスのサラダ添え)、3食アイス(メレンゲ、チョコ、バニラ)。
豆の油に、とにかく参った。皿を斜めにして頂いた。

さて、ホテルである。
ホテルは、ウェリントンホテル。レティーロ公園(ブルボン朝の離宮があったところ)のすぐそばである。
ただし、レティーロ公園は危ないので、絶対に行かないこと。朝の散歩なんてもってのほか、と注意を受けた。残念。
4年前はレティーロ公園で絵葉書書いたりゆーったりしたのになぁ。

ホテルの部屋はさすが5ツ星である。
洗面台は2つあり、アメニティも揃っている。ウェルカムのチョコがベッドサイドに置いてあったりして、また、日本語放送もあるのだ。
NHKや民放がごちゃごちゃになっている放送だったが、なかなか面白かった。

明日はトレドとソフィア王妃芸術センターだ。ゲルニカ〜。

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