スペインの旅6

2004年1月10日(土)〜2004年1月18日(日)
長距離移動!。

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JOURNEY

6日目−1/15(木)− 15054歩
左上はトレドの町の紋章
町の中の住所表示。トレドの町の紋章入り。

トレドの大聖堂
トレドの大聖堂。中は撮影禁止。
この広場には、エル・グレコの息子が設計した市庁舎がある。

オルガス伯の埋葬のある、サント・トメ教会
エル・グレコ作『オルガス伯の埋葬』のあるサントトメ教会。見られるのは絵画のみ。

トレドの街
トレドの街。ガスって見えない。雨女雨男は誰じゃ!?

スペイン王宮
スペイン王宮。今は迎賓館となっている。横に広いので全景撮れず。

春巻き。見りゃ判る チャーハン
お昼ご飯は中華料理。取分け方式だったので殆ど撮れず。

午後のソフィア王妃美術館は撮影禁止で割愛。

ニモとラストサムライ
ファイディング・ニモ、ラストサムライは、それぞれスペイン語の題になっていた。

コンソメ ベイクドチキンフライドポテト添え
カスタードソース
晩御飯。

朝ご飯は1Fの食堂にて。席に案内され、ウェイターさんが何を飲むかまず聴いてくれる。
うぉぉ、何かすごいぞ。セルフサービスじゃないなんて。
デニッシュも種類が多く、目移りしそうである。但し、前日のご飯がお腹にもたれていなければ、の話。
そろそろ時差ぼけが食欲にも襲い掛かってきているのである。

朝8時半に出発。
まずはトレドへ。
天気はあまりよくない。雨ではないが、曇っている。
自動車専用道路に入ると周りは朝もやで、景色が全く見えない。畑だから?でも、それさえも見えない。
トレドは569年ゲルマン民族により首都になった。
703年イスラム教徒が征服したが、1085年レコンキスタ完了、しかしフェリペ2世によりマドリッドに遷都された。
現在人口は旧市街が2万人、全体では6万人くらい。
近代的なビルは建てられず、増改築にも許可が必要であるそうだ。
3方を川で囲まれているので、川を渡っていざ、トレドの町へ。

カテドラルへ。
世界で4番目に大きいと言われる聖堂(1.バチカン、2.セントポール(イギリス)、3.セビリア(スペイン)4.トレド)で、スペインの大本山でもあるカテドラルは、本当に大きく、柱で天井を支えるゴシック様式の為窓を大きく出来、750枚ものステンドグラスが使われているとのこと。
ステンドグラスはオランダの職人によって作られたらしい。
カメラ、ビデオ厳禁なのが残念。

宝物殿へ。
天井はムデハル様式(イスラムの人が作ったイスラム様式のものに、キリスト教徒が紋章などを入れて、双方のデザインを融合したもの)で、小さいホールになっている。
中央には聖体顕示台が飾られており、全体で200kgのおみこしに、銀に金箔を150kg貼り、3500以上の宝石が埋め込まれ、1500もの部品で出来ている。
ホールの周りの壁には、王冠(イザベル女王が正式な時にかぶったもの)、13世紀にフランスのルイ9世から贈られた、革をなめした物に手書きした聖書等が飾られている。キラキラである。

聖歌隊席は、中央に設えてあり、パイプオルガンは2台。ネオクラシックとバロックのもので、両方とも18世紀に出来た。
スペインのパイプオルガンは、パイプが縦方向に伸びるだけではなく、千手観音のように周りにもパイプが突き出ているのが特徴だそうだ。

中央祭壇は木彫りに金箔が施され色づけされたもので、絵によって説明することによって字が読めない人にも分かるようになっている。
また、一番奥の祭壇の後ろ(あれ、違ったかな)には、彫刻の中に光を入れる為に教会の壁に穴を開け、窓を作ったそうだ。
ただ、普通の窓では光が入りすぎるので直接の光を弱める為(ステンドグラスも光を直接入れないようにする配慮)アラバスター(雪花石膏)の窓を作ったらしい。
教会が出来てから壁に穴を開けるとは、凄いわ〜。

カテドラルから出て、正面から見える位置でカメラタイム。
近すぎて全部一度には入らないのが難点。
ではあるが、この広場の教会の隣の1辺には市庁舎があり、この建物は有名な画家エル・グレコの息子が建築したそうだ。
エル・グレコの名前が出たところでサント・トメ教会にある、エル・グレコ作オルガス伯の埋葬を見に行く。
エル・グレコは1541年ギリシャ生まれ、35歳のときにスペインへやってきた。
このオルガス伯の埋葬には実在の人物も描かれている。
11世紀、トレドを再建し、貧しい人を助け、1323年に亡くなるときには奇跡が起きた、といわれる人(名前失念)、当時の司教、王様(フェリペ2世)、有力者、エル・グレコの息子、エル・グレコ本人まで。
地上と天上が一体感をかもし出し、世界の3大名画と言われているらしい。

新市街で象嵌細工のお店に行き、気づいたらペンダント購入(81ユーロ)、山の中腹でトレドの街の全貌を見る事の出来るポイントで一旦降りるが、やはりもや。
朝の『全く見えないじゃん』よりはかなり回復はしているが、それでもガスっている。残念。
日ごろの行いが悪いのかなぁ。くすん。

マドリッドに戻ってお昼ご飯。
今日は中華料理。
日本語も英語も通じず、意志の疎通に困るが、口になじんだものを頂くと何かほっとする。
だからと言って胃腸の時差ぼけが治るわけではないのだが。
みんなで、色さえも出ないほどジャスミン茶をお代わりした。

午後からは、レイナ・ソフィアへ。
ソフィア王妃芸術センターは、現代芸術中心の美術館で、ピカソ、ミロ、ダリが中心に飾られている。
有名なゲルニカもここ。1993年にプラド美術館からここへ移されたそうだ。

ダリが結構格好よく、俳優さんもやっていたとは知らなかったし、ピカソのゲルニカは、何度も書き直されていたことも知らなかったし、美術を拝見、というよりもお勉強になった。
ツアーの一人が熱を出し、添乗員さんと共にホテルに帰ってしまった。
海外旅行は滅多にないことだから、どうしても無理してしまうのよね。
その後はスペイン広場へ。
危ない場所なのでカメラのみを持って外へ。貴重品は絶対に持っていかないで、と何度も釘をさされた。
スペイン広場には、セルバンテスや、彼の書いたドン・キホーテとサンチョ・パンサの銅像がある。
まずは遠くの正面から1枚、ドン・キホーテの銅像と一緒に一枚、セルバンテスの像の後ろ側や、上にある地球を支えている5人の女性等を撮影してスペイン王宮へ。
尚、地球を支える5人の女性は、5大陸(欧、米、亜等)の大地の母を表し、彼女たちはみな本を読んでいる。その本は世界で一番読まれていると言われているドン・キホーテである。

王宮は現在王族は住んでおらず、迎賓館となっている。
王様は郊外にあるサルスエラに住んでいるのだ。
王宮は横に長く、3階建て、2800室もあるとのこと。
王宮の隣はアルムダイナ大聖堂だ。
19世紀末から20世紀末にかけて作られ、1993年に大聖堂となった。
完成時、世界で初めてローマ法王がミサをあげ、今年5月にはスペインの王子がここで式を挙げる予定らしい。

そのまま徒歩で革製品のお土産物やさんへ。
とりあえず、両親へのお土産などを購入する。
やはり、革の質はよく、柔らかい。物欲が刺激されるが、ロエベの為に我慢。

ホテルへ。
散歩は控えること。地下鉄は使わずタクシーを使おう、初乗り1.5ユーロ、5セントづつあがること。等の注意を受けた。
晩御飯前、隣室の女性2人組とお買い物へ。
シビラ、ホコモモラを経てロエベへ行く予定に。
歩いて10分も掛からないし、女性4人がわき目も振らずがしがし歩いていれば大丈夫だろう、という算段。
まずシビラ。
日本じゃ高いのよね、と言いながら値段をチェック。本国でも高い。ワンピースがセールでも622ユーロ(約87000円)。
なんてこった。
ハンカチとか傘等の小物ならいけるかも、とチェック。思いっきり日本語で『日本製』の文字。スペインまで来て日本製はないよね・・・。しかも、メイドインジャパンではなく日本製・・・。
仕方がないので隣にある、シビラの姉妹ブランドホコモモラへ。
お値段もお手ごろ。
ということで、さっくりとジャケットを購入。101ユーロなり。
続いてロエベ女性専門店へ。
3年前に来たときには、さっくり自分と家族のお土産を購入した所である。
フロア中を捜すが、これ、としっくりくるものがない。セール期間中で30パーセントオフなのに。
とりあえず、妹がコロンを購入したのみに終わった。

晩御飯はムセオデハモン、というレストランで。
であるが、食したのはコンソメ(濁り気味)、ベイクドチキンフライドポテト添え、カスタードソース(スープのようにさらさら)。
隣が三越なので、ドリンク注文後、さっきの隣室の2人と一緒に三越へ。
さっき行ってきたセラーノ通りのロエベでチェックしたものを三越でもチェック。
セラーノ通りでは30%オフになっていたものが、三越では定価になっていたのをチェック。
また、年末に買ったバッグが2万円以上安かったのを見てかなりショックを受ける。
最終日に、本店に行くことを4人で決意した。

大慌てでレストランに戻り、晩御飯。
生ハムの美味しいお店だったのであるが、高いので私たちは注文しなかったので、注文した方からちょっと分けてもらったりする。
口でとろける〜。やっぱり美味しいよん。
しかし、外出歩けないのは辛いなぁ。
3年前に、地下鉄乗って、街中を闊歩して、公園散歩して、ということを懐かしく思い出していた。

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