【目次】

プロローグ
凹む日本人、キレる日本人
ハートをわしづかみ★
シュリケン製造機
Kissを
スーパーじいちゃん
ボランティアって?


人生2度目の『最後の夏休み』
私はバルカンの地に降り立った。

バルカンて、どこよ?
なんかね、イタリアのちょっと東にあるらしい。

危ないんじゃないの?
学生ボランティアは安全なところしか行かせてもらえないから、大丈夫。

何すんの?
ボランティアを。

ボランティアって何すんの…?
さぁ…?子供と遊んだりするみたいやけど、ホンマ、何すんねやろ?




凹む日本人、キレる日本人

クロアチア共和国。
『さぁ!ボランティア活動するぞ!!』とやる気と期待で胸を膨らませてコミュニティセンターを訪れた日本人4人。折り紙やら紙粘土やらサッカーボールやら、遊びネタをカバンにつめて、意気揚々と乗り込んだ。

Image まだ新学期が始まっていなくて、子供はまばら。14〜16歳くらいが中心。

折り紙を机の上に広げる。
皆、あまり興味なさそう…。
あれ?
←そして、サクサクっと、チューリップを作ってしまう。
あり?
日本人4人、誰もチューリップなんて折れません。

私らよりウマイやんっ!! そう、このコミュニティセンターには毎年日本人ボランティアが来るため、彼らは折り紙なんて飽きちゃってたのだ。 そして、『愛してる〜の響きだけで〜強くなれる気がしたよ〜♪』の合唱。って、スピッツの「チェリー」やん!!日本語やん!!
日本人4人、この歌サビしか分かりません。

日本人、ピンチ!!

子供たちに外に連れ出され、あちこちにタムロったり遊んだりしている中・高生くらいの子たちにからかわれまくる。 私以外の3人は英語力もイマイチなので、からかわれても言い返せない。

結局この日はそれでオヒラキ。

『何をしに来たんだろう…』
凹む日本人。

『なんでボランティアに来てるのに、俺らがバカにされなくちゃなんねぇんだよ。』
キレる日本人。

ま、相手は子供なんだし、大人をからかったって、カワイイもんやん。今日は完全に子供のペースだったけど、ちゃんと対等に接すればいいんじゃないの?

…とは言ったものの、その後も、心優しい日本人は言い返せない。「NO」が言えない。

残念ながら、私はそんなに心根が優しくできていない。
私がジプシーの子と遊んでいるのをよく思わずに邪魔するクロアチア人には「NO」。
シモネタでからかってくる悪ガキには実力行使。とっ捕まえてデンキアンマの刑。

そう、所詮相手は子供なのだ。
ちゃんと大人(?)の態度で臨まないとね。




ハートをわしづかみ★

ところ変わって、セルビアでのお話。
難民キャンプでは英語も通じないので、いつもはコーディネーターがついてきてくれるのだが、たまたまその日はお休み。日本人だけで難民キャンプに乗り込んだ。 気分としては「初めてのおつかい」みたいなカンジである。

子供たちは縄跳びが大好き♪過去のボランティアが縄を回すときに『せーのーせっ!』と言ったことから、大縄のことを「せーのーせ」と呼んでいる。そして、『郵便屋さんの落し物♪拾ってあげましょ…♪』も歌える。

Image しかし、この大縄には大きな問題がある。
それは、どの難民キャンプでやっても、白熱しすぎてケンカになってしまうということ。 誰かがつまづく度に、『私じゃないもん!!』とバトルになる。 男の子が入ってくると、女の子が『あんた、ジャマ!』と追い出す。 下手な子はなかなか入れてもらえない。泣き出す子まで出る始末。

そして、「初めてのおつかい」の日も、例に漏れず、ケンカが始まった。
最初は私もセルビア語で『いいじゃない。皆でもう一回やろ。』となだめていたものの、誰も言うことなんか聞かない。収拾がつかない。 いつもなら、コーディネーターが止めてくれるけど、今日はいない。

ゆみ、ピンチ!
けど、ここで引き下がってたまるか!!

大縄を強制回収して、目をつり上げて、大阪弁で
『こらーーっ!!ケンカすんねやったら、もうやらへんでっ!!』
一同シーン…
ハッと気づいて、みんな手を合わせて、「プリーズ…プリーズ」と目をウルウルさせる。

あまりのカワイさに、ぶっ倒れそうになってしまった。

卒倒しそうなのをこらえ、セルビア語で『ゆっくり、ゆっくりね。モジェ?(=OK?)』と聞くと、みんな急にパーっと明るい顔になって、 『モジェ!!モジェ!!』と1列に並ぶ。

追い討ちをかけるカワイさに、完全ノックアウト★
ゆみのハートはわしづかみ。

この日は陽が落ちるまで縄を回し続け、次の日、片方の腰だけ筋肉痛という非常に不便なカラダになったが、そんなことは許す!!




シュリケン製造機

子供たちが知っている『日本』。それは、『ピカチュウ』と『ニンジャ』。
それ、絶対パチモンやろ!!っていうブサイクなピカチュウグッズが街中にあふれている。

子供にせがまれ、試しにピカチュウの絵を描いてみたが、それはタダの黄色いネコ。ネズミですらない。バカにしていた街中のパチモンは少なくともピカチュウであるらしいことはわかるが、私の芸術作品はオリジナル作品の原型をとどめていない。子供にまでダメ出しされる。

Image じゃ、ニンジャ?
折り紙で手裏剣ををってあげると、大好評。3歳〜18歳くらいまで、幅広くウケがいい。しかし、困ったことに、手裏剣は折り紙を2枚組み合わせて作る為、折り紙初心者にはかなり難しい。結局私たちが折るハメに。何人もの子供が、『次ボクね!』『その次私!!』とワサワサ寄って来る。サインをねだられるアイドルの気分を少し味わえる瞬間である。

難民キャンプでの鉄則。
モノは基本的にあげない。 あげるときは、全員に同じものが行き渡るようにしなければならない。 一人に手裏剣を折ってあげると、全員に折ってやらねばならない。一人に5コ作ってやると、全員に5コ作ってやらなければならない。

そんなときは、もう、ハラをくくって、シュリケン製造機となる。

日本を代表して、難民キャンプで「シュリケン」という日本文化を子供たちに配りまくる夢の伝道師ゆみの輝ける瞬間である。

ちなみに、同種の現象として、「紙粘土のバラ製造機」「子供をグルグルまわすメリーゴーランド」バージョンもあるが、割愛する。




Kissを

Image それにしても、皆元気。
日本みたいにテレビゲームとかないし、お絵かきをしようにもクレヨンと紙がないから、外で元気に遊ぶしかないのか。それとも、日本では親が「あぶないから」とか言って、あまりムチャに遊ばせないのか。

ストローとんぼとか、工作ネタも用意していったけど、集中力がもたない。
そんなものより縄跳び!鬼ごっこ! ちなみに鬼ごっこにルールなるものはなく、子供が髪やら服やらをちぎれんばかりに引っ張るので、マジ逃げするだけの話である。もしくは、私のボウシをとって逃げるので、マジ追っかけするだけの話である。完全に子供のペースだが、いかんともし難い。
また、ケイドロやシッポ鬼などルールの存在するものもよろしくない。ケイドロはスタートと同時にタックル合戦に変わり、3秒で終了した。シッポ鬼にいたっては、シッポを配った段階で大はしゃぎとなりコントロール不可能に陥り未遂に終わった。
とにかく、元気で元気でどうしようもない。

陽が暮れて帰る頃になると、子供たちがワッと飛びついてきて、Kissの嵐。 5人くらいはぶら下がっている状態で、クリスマスツリーの気分が味わえる瞬間とも言えなくない。

Image 私が活動した難民キャンプは99年のNATO空爆後、コソボ地域から逃れてきた人たちのもの。もう6年も、仮の住まいで、職もなく、民族紛争・政治紛争の犠牲となっている人たちである。それでも、やっぱり子供は無邪気で元気なのだ。でも、大人に余裕がない。日々の生活でいっぱいいっぱい。だから、子供たちは『もっともっと愛をちょうだい!』とおねだりしてくる。彼らの求めるKissはそういう意味なのだと、コーディネーターは言う。

『「私にできること」を見つけ、実行する。』
私がこの地でやりたかったことのヒトツ。

私ができることなんて、本当に微々たるもの。 でも、このKissがそうなんじゃないかな、と思う。
お金に還元できない、「私にできること」。

人生における無上の幸福は、自分が愛されているという確信である。
--ヴィクトル・ユーゴー --





スーパーじいちゃん

私の旧ユーゴ旅行記、このじいちゃんを抜きにしては語れまい。
その名も、ブダじいちゃん。セルビアで2週間ホームステイさせてもらった。かつてチトー(歴史の教科書に出てくるような人)の参謀をしていたという、超大物らしい。

Image 79歳というが、めっちゃめちゃ元気。週末に山登りに連れて行ってもらったが、3時間歩き続け、私たち若人がヘバっているのを尻目に、茂みにガサガサと分け入って野生のローズヒップをカバンいっぱいに採ったりしている。さすが、元軍人。

私はこのおじいちゃんにベッタリだった。
というのも、私は朝起きるのが早く、『お年寄りサイクル』な生活だったから。 朝ごはんは私とおじいちゃんで作って他の日本人メンバーをたたき起こす(起きてこないことも多々あったが…)というシステムが確立してしまっていた。 それに、おじいちゃんを独りで残して部屋でテレビを見るよりは、おじいちゃんの横で日記を書こうかな、と思う。一緒に時間を過ごすことがホームステイだと思うから。

ちなみに、今回いちばんタイヘンだったのは、日本人メンバーとの共同生活。 10歳近くチガウ子もいて、もう完全に異文化交流である。まさか海外で日本人との異文化交流のカベにぶち当たるとは思っていなかった。10代で海外にボランティアにくるのはスゴイ。が、くつ下をはかずに靴を履くとか、お風呂そうじの仕方がわからないとか、27歳のオバサンにとって理解に努力を要する事件がテンコ盛りである。

そんなこともあり、「お年寄りチーム」でタッグを組んで、生活していたワケである。疲れた時にこのじいちゃんの笑顔と声でどれ程癒されたことか。半分はやさしさでできているバファリンみたいな存在である。
私たちのために詩を書いてくれたりした。セルビア語だけど。
パラチンキというパンケーキを焼いてくれた。
髪の毛をドライヤーで乾かしてくれた。
私たちのことをいつもいつも気にかけてくれた。

あまりにも毎日ずっと一緒にいて、ブダじいちゃんがとっても好きだったから、きっと、バイバイするときは号泣するだろうと覚悟した。 しかし、バスに乗り遅れそうになり、20Kg近いバックパックを背負って全力疾走をしたあげく、別れを惜しむまもなくバスに乗り込んだので、あまりの滑稽さに涙より笑いがこみ上げてきた。ちなみに、8月の 上海旅行 でも、帰り際にダッシュした経験があり、どうも私の旅行はそういう仕組みになっているらしい。

泣き笑いのグチャグチャの顔でバタバタと去っていった日本人娘たちをブダは忘れずにいてくれるだろうか…。




ボランティアって

ボランティアってなんだろ?
広辞苑では『自ら進んで社会事業などに無償で参加する人』

NGO団体のボスは確かこう言った。
『一種の社会的圧力』
なるほどね。 これ、おかしいやろ!ってことを政府とか社会に訴える為に活動してるのかもしれない。

私がこの上なく恵まれた環境にいることは疑いもない事実。

世界有数の平和な国に生まれた。
毎日ちゃんとゴハンを食べられる。
帰る家がある。
2回も大学で学んでいる。

でも、世界には、
まだ戦争や紛争がたくさんある。
ゴハンを食べられない人たちがいる。
帰る家を奪われてしまった人たちがいる。
学びたくても学べない人たちがいる。

この差は、何なんだろう?
自分が望んだわけでも、選んだわけでもなく、
与えられてしまった環境。条件。

Image この差を埋める為に、何かをしたいと、切実に思った。
でも、この私に何ができるのか、正直なところわからない。

何ができるのカナ?

結局、私が子供と遊んだって、貧富の差は解消されない。
戦争はなくならない。

でもね。
何にもしないよりは、ずっとずっと、マシだと思うのです。

豊かな国から来た者の自己満足と言われるかもしれない。 実際に『富める者の見せびらかし』が無かったとは言わない。

でもね。
何もしないよりは、1ミリだけ、平和に近づけると思うのです。

例えば、たった1つのKissでも、その子の「民族」に対する恐怖心を取り除ければ。 NATO空爆から6年たって、世間から忘れ去られかけているこの地に、『忘れていないよ』というメッセージを残せれば。そんな小さな1ミリがいっぱいいっぱい重なれば、1Kmにだって、100Kmにだってなるんです。 何もしなかったら、ゼロ×∞=ゼロなんです。

今回、私が切実に感じたのは、 『日本人は、ぬるま湯につかっていて、ダメだなぁ』 ということ。
不況でキビシイ?
受験戦争がしんどい?

なるほど、そうだと思う。
でも。
爆弾が飛んでくるのと、どっちがキビシイ?
水も電気もないのと、どっちがしんどい?

ジプシーや難民の社会では、10歳で立派な大人だった。 ハッキリ言って、完全に私たちのほうがお子チャマだった。

大人にならざるをえない環境。
大人にならなくてもいい環境。

そんなことを肌で感じた1ヶ月。
こんなことをもっと、たくさんの人が感じればいいんだと思う。

ボランティアで、 何かを「やってあげた」とか「与えた」という実感は全くと言っていいほどない。 それは私の力の限界だから、仕方のないこと。

でも、本当に行ってよかった。

Better Than Nothing