青い鳥
【第24回】
「自分。」
…………………。
「え?」
「じ・ぶ・ん!」
「…………。」
「…………。」
「………え?」
蔵馬には、どうも幽助が“自分”と答えたように聞こえた。
蔵馬は、思いっきり顔をしかめた。
「オレには、今、幽助が“自分”って言ったように聞こえたんですが……。」
幽助も少し顔をしかめた。
「だから、さっきからそう言ってんじゃねーか!!」
「…………。」
「…………。」
「え〜〜と、幽助……。念のため聞きますけど、質問の意味……分かってます?」
「……当たり前じゃねーか。お前、さっきから何言ってんだ?!」
それは、こちらのセリフだと蔵馬は思った。
幽助の答えは、蔵馬にとっては意外な答えだったので、戸惑った。
幽助は、はっきりと言った。“自分”と。
自分……。
自分を選んだ……。
相手じゃなく、自分を、自分を選んだ。
自分?!
蔵馬は、先程こう言った。
――オレには、到底“自分”を選ぶなんてできない!
でも、幽助は、あっさりと言った。
あっさりはっきり“自分”と言った。
蔵馬は、初め、幽助が何を言ったか、分からなかった。
それは、幽助が、まさかそんな答えを出すとは思わなかったからだ。
蔵馬は、幽助の言ったことが分かるにつれて、怒りに似た感情を抱いた。
「……どうして、“自分”を選べるんですか?」
少々鋭い口調だった。
しかし、幽助は全く気にしない。
「自分を選ばなきゃ意味が無ぇからだよ。」
蔵馬の瞳をしっかりと見て堂々と幽助は、そう言った。
どういう意味か蔵馬は分からなかった。
けれど……
「自分を選んだって、相手が傷ついたらそれこそ意味ないことだ。」
蔵馬は気付いていない。
口調が段々ときつくなっていること。
もう、ですます調でしゃべっていないこと。
そして、ようやく、自分の想いを大きな声でしゃべろうとしていたこと。
幽助の答えは、蔵馬にとって許せないものだった。
幽助の答えを必死に否定するように、
溜まりに溜まった感情を、一気に噴射させたかのように、
蔵馬はしゃべり続けた。
「オレだって“自分”を選べるなら、とっくに選んでいる。
でも、大切な人を傷付けてまで、“自分”を選べるほど
オレは、腐っていない!!
母さんの記憶を消して、辛かった。
……想像していたよりだいぶ辛かった……。
魔界で暮らしていても、正直、人間界が恋しかったよ……。」
幽助は、驚いたように目を大きく開けた。
感情的になっている蔵馬が目の前にいる!
――蔵馬の本音がやっと出てきたんだ……!
蔵馬自身は、本音を言っているという自覚はない。
ただただ、勝手に言葉が出てくるだけだ。
蔵馬は、選びたくても選べなかった答え――“自分”を選ぶこと――を
幽助は、あっさりと選んだ。
許せないと思うのも無理はない。
その許せないという気持ちが、蔵馬の中にあった感情の抑えを緩めさせた。
一度、言葉に出してしまうと次から次へと、あふれ出てくる。
今まで抑えつけていた反動がある分、もう止められない。
「でも、恋しいからってどうすればいい?
母さんを傷付けないために、人間界を去ったんだ。
帰れるわけがない。
それに母さんの記憶はもう消したんだ。
一度消した記憶は、オレだって戻すことはできない!
帰りたくても帰るわけにはいかない上に、帰る場所もない!!」
幽助は、何も言わず、蔵馬の話を聞いた。
一言も入れず、ただただ黙って蔵馬の話を聞いた。
蔵馬はしっかりしている。頭もいい。何でもできる。
だから、意外に思ってしまう。
蔵馬にも分からないことがあるんだと。
蔵馬だって弱音を吐くこともあるんだと。
それは当たり前のことなのに!!
そう、当たり前のことなのだ。
当たり前なのに意外と思ってしまうのだ。
蔵馬の周りの人が、みんなそんな風に思っていたら、
ますます蔵馬は本音を覆い隠すだろう。
いや、実際そうだったに違いない。
幽助は、ぼんやりそんなことを考えていた。
幽助自身、蔵馬の感情丸出しの話を聞くのは、初めてだった。
だから、正直、少々戸惑ってしまった。(←蔵馬にしゃべらせた張本人のくせに……)
「魔界での暮らしは苦しかった。人間界での暮らしへの未練がありすぎて……。
迷いもあった。悩んでいた。本当にこれで良かったのかと。
これが正しいと確信していたつもりだったのに、完全に迷いは消えなかった。」
蔵馬は、月を見上げた。
そこには、皓々たる満月がいた。
蔵馬は、小声で呟いた。
「……帰りたかった……人間界に。
…いつだって……」
絞り出すような声で、「いつだって、」
それはそれは、小さな声で、「オレは母さんのもとに…」
でも、一番、はっきりした声だった。
―――帰りたかった……―――
幽助は、蔵馬の顔を見ていた。
蔵馬は、月を見ていた。
時が止まったかのようだった。
2人は全く動かなかった。
風もなかった。
音もなかった。
幽助の頭の中には、蔵馬の言葉がずっとずっと響いていた。
「帰りたかった」
帰りたかったんだ。
やっぱり蔵馬は帰りたかったんだ。
だから、そんなに悲しい顔をしてるんだ。
「帰ろう。蔵馬。」
蔵馬は、幽助を見た。
「帰ろう。」
もう一度、幽助が言った。
蔵馬は、今度は静かに幽助に尋ねた。
「どうして、あなたの答えは“自分”なんですか?」
さっきと違い、怒りの感情はなかった。
悲しみの感情はあったかもしれないが。
「オレは、わがままだから……。」
幽助は、フッと笑った。
「したいことは、やらなきゃ気がすまねー。」
蔵馬は苦笑いをした。
「じゃあ、自分の幸せのために、大切な人が不幸になってもいいと?」
質問の内容は、厳しいが、口調自体は穏やかになっていた。
「それは……嫌だなぁ。」
「そうでしょうね。嫌ですね。」
「でも、大切な人が不幸なときは、自分も幸せじゃねーよ。」
蔵馬は、ハッとした。
「“自分”独りじゃ、絶対幸せにはなれねーよなぁ。
“相手”の幸せがあって、初めて“自分”が幸せになるんだろうなぁ。
逆に言えば、“相手”が不幸な時は、“自分”も少なくとも幸せじゃないんだ。」
大切な人とのつながりとは、そういうものだ。
大切な人が悲しんでいたら、自分まで気分が沈んでしまう。
大切な人が喜んでいたら、自分まで嬉しくなってしまう。
母さんがもし幸せになったら、オレは本心から喜べるだろうか?
今の状態から考えると、とても喜べそうにない。
「だからさ、“自分”を選んだからといって、いい人生歩めるかどうかなんて
分からねーわけだ。
お前の言うとおり、相手傷付けて、自分も傷付いて、泥沼状態になる将来も
十分、ありえるんだもんな。」
蔵馬は、無言で頷いた。
「“相手”を選んだ方が、誰も傷付かなくて済む。相手も傷付かない、自分も傷付かない。
少なくとも、相手にとっては、その方が幸せなのかもしれない。
でもさ、相手とのつながりを切るってことだよな。“相手”を選ぶっていうことは。」
そういうことだ。
母さんとのつながりを切ったのだ、オレは……。
「大切な人が笑っているのに、一緒に喜ぶことができなくなるんですね。
つながりがなくなるということは……。」
「なあ、これも賭けてもいいぜ。
相手を傷付けたくないから、“相手”を選ぶんだろうけど、
その反面、“自分”も傷付きたくないんだ。
つながりがあるから“相手”が傷付いたら“自分”も傷付いてしまう。
だから、つながりを切るんだ。つまり、逃げるんだ。
“自分”を選ばないんじゃない!選ぶのが怖いから選べないんだ!!」
これは、全く幽助自身のことを言っている。
ついさっきまで、幽助は怖くて“自分”を選べなかったのだ。
でも……。
相手を傷付かせてしまうかもしれないのに、それでもなお“自分”を選ぶのは、
それだけ、相手とつながっていたいということ。
つまり、自分にとって、その相手はかけがえのない存在であるということ。
大切に想ってるからこそ、
傷付いてしまう悲しい出来事に負けないように、
自分は強くなろうと頑張れるんじゃないだろうか。
それなら、自分を選ばなきゃ意味がない。
絶対に分かり得ない相手の気持ちばかり考えて、悩んだり迷ったり、逃げたり……
そんなことして自分を見失うより、
自分の気持ちに正直になって、一歩一歩進む方が、頑張る方が、
きっと、自分らしい。
“自分”を選ぶには、勇気がいる。
相手を傷つけてしまうかもしれないという怖さ。
自分も傷付いてしまうかもしれないという怖れ。
でも、“自分”を選びたい。
自分らしく、生きていきたい!
自ら、大切な人とのつながりを切るなんて、絶対に嫌だ!!
「違うか?」
蔵馬は、答えなかった。
でも、“そのとおりだ”と表情で読み取れた。
蔵馬は、答えの代わりに、違う質問をした。
「もし、自分を選んだために、大切な人が傷付いたら?」
「そんときゃ……まあ……うーん、また、その時考えるよ。
でも、いい考えがうかばなくて、もうどうしようもなくなったら……、
その時は、人間界を去る。」
いつかは、人間界を去らなければならない時が来る。
これは、『確定』した未来の出来事。
「気分はどん底だろうけど、後悔はしてないと思うよ。
だって、逃げなかった結果なんだからさ。」
『確定』した未来の出来事というのは、他に、“死”というのがある。
誰もが持つ『確定』した未来の出来事だ。
「もしかしたら、なんとかなって、結構いい生活送れちゃったりするかもしんねーし。
どうなるか分からないから、それまでは、好き勝手しておくよ。」
でも、『確定』しているからといって、なんだというのだ。
『確定』してるからといって、落ち込んでる暇はないのだ。
『確定』しているからこそ、限られた時間を後悔のないように過ごすのだ!
「だいたい、お前は、相手を傷つけることを前提に考えすぎなんだよ!!
相手を傷付けたくなかったら、傷つけないようにしたら、いいじゃねーか!」
「それが傷つけてしまう怖れがあるから……、
傷つけないようにできないかもしれないから悩んでるんじゃないですか?!」
「できないかもしれないということは、できるかもしれないということだろ?
じゃあ、できるようにやれよ!」
「無茶苦茶言わないでください!」
「どこが無茶なんだよ!!お前の行動の方が、よっぽど無茶苦茶だぜ!」
蔵馬は、一瞬、意味が分からなかった。
「勝手に死んだりするなよ!」
プイと幽助は、顔を横に向けた。
蔵馬から視線をはずしたのだ。
「オレは、お前の気持ちなんか知らねーからな!
たとえお前がどんなに死にたくても、“死なせてください”って
泣いて頼んでも、オレは絶対にお前を死なせねーからな。」
蔵馬が暗黒鏡を使ったことを思い出したのか、幽助はまた怒りだした。
「オレは、お前の気持ちなんて全然考えない。
お前が死にたくても、死にたくなくても、そんなもんは全然関係ない。
お前に死なれるのは、“オレが嫌だから”絶対に死なせねー。
死なせないのは、お前のためじゃない。
オレのためだ。」
別に蔵馬は今死にたいわけじゃない。
それは、幽助も分かってるのではないかと思う。
それでも、幽助は、そう言いたかったのだ。
言わずには、いられなかったのだ。
「帰ろうぜ!蔵馬!!
今のお前は、すごい辛そうだから嫌だ。
お前が辛そうだったら、オレも気分が晴れない。
だから、帰ろう。」
幽助の言い分に蔵馬は、少し吹き出してしまった。
「……これも、オレのわがままだけど。」
ぽそっと幽助は付け足した。
幽助らしい『わがまま』だ、と蔵馬は思った。
幽助は、思い出したように、「あ、そうそう言うの忘れてたぜ。」
「えーーと……、なんだったっけ?
したいようにする……?
後悔する???
えーと……、あとなんだっけ?
ちょっと待てよ、蔵馬。」
“自分”を選ぶ勇気をくれた友人からの
受け売りの言葉を幽助は必死に思い出した。
「えーと、したいようにしろよ!
やるだけやって駄目ならそこで初めて迷えばいい。
でないと、後悔するぜ。」
奇跡的に正確に思い出したが、言い方は棒読みだった。
蔵馬は、また少し笑った。
「えーと…」という言葉と棒読みのおかげで、
この言葉が受け売りの言葉であることが、バレバレだった。
では、誰の言葉なのか……。
そんなこと考えなくても分かる。
「ありがとうございます。また、桑原くんにもお礼言っておいてくださいね。」
「…………。」
幽助は、なんで桑原の言葉だと分かったんだろう……?と
不思議そうな顔をした。
【第25回】
「フン、これで終わりだ。どうやら上手くいったようだな。」
桑原たちが驚いている中、飛影は、不敵に笑いながら言った。
「え?一体どういうことだい?」
「こうなったのは、飛影の仕業だってことか?」
桑原とぼたんは飛影に質問を投げかける。
飛影は、不敵な笑みを崩さずまま、こう言った。
「今ごろ気付いたのか?この鈍感め。」
蔵馬と幽助は、森の中に来た。
今、蔵馬の手には、暗黒鏡があった。
「よっしゃ!じゃあ、暗黒鏡使おうぜ!!」
幽助は、気楽に言った。
思わず、蔵馬は、ため息をついてしまった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?
幽助の言うとおりにして、本当に大丈夫なのか?
と蔵馬は、非常に不安だった。
事の始まりは、幽助のこの言葉からだった。
「なあ、蔵馬……。お袋さんの記憶……どうしても戻らないのか?」
蔵馬に“帰ろう”と言ったのはいいが、お袋さんの記憶が戻らなければ意味がない。
「ええ、オレからはどうすることもできないんです。
人によっては記憶が戻ることもないとは言えないんですが。
奇跡的に記憶が戻るとしても、数十年後の話でしょうし。」
淡々と蔵馬は言った。
幽助の気持ちは、蔵馬にとって非常にありがたかった。
幽助には、だいぶ勇気付けられたし、励まされた。
――でも、オレは帰らない。
心に決めたことだ。
迷っているけれど、悩んでいるけれど……。
幽助の言うとおり、これは「逃げ」なのかもしれないけれど。
万に一つでも、母さんが傷付くのは嫌だ。
もしかしたら、取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。
自分の子供が妖怪だと知れたら、発狂するかもしれない。
悩み苦しんだ挙句に、自殺するかもしれない。
これは、考えすぎではない。
十分にありえることなのだ。
蔵馬は、幽助を見た。
(幽助……、ゴメン。オレは、絶対に帰らない。)
幽助は、蔵馬の視線に気付き、幽助も蔵馬を見た。
幽助の顔つきは、まるで、今蔵馬が思ったことが分かったかのような顔つきだった。
帰らない理由は、もう1つあった。
蔵馬には本当に母親の記憶を戻す術はなかったのだ。
(どうしようもないことだから、幽助もあきらめるしかないだろう。)
蔵馬は、そう思っていた。
しかし、蔵馬の思考回路と幽助の思考回路は、全く違うものだった。
「そうか……。お袋さんの記憶……戻る方法がねーのかぁ。」
「ええ、そうなんです。」
「じゃあ……仕方ねーなぁ。」
「ええ、そうなんです。仕方ないんです。」
「暗黒鏡を使うっきゃねーなっ!」
「ええ、そうなんです…………って……はぁ???」
仕方ないって、オレを人間界に帰らせることをあきらめたわけじゃないんですか?
それに、暗黒鏡を使うって?!
蔵馬は、果てしない不安に襲われた。
きっと、幽助のことだから、またとんでもないことを言い出すに違いない。
オレは、それどころではないのに!!
オレには、時間がない!!
「幽助!!もうオレには、時間がありません!
幽助が一体何を企んでるのか分かりませんが、
オレは、もうここにはいられません。
この世界のオレに会いに行きます!!」
「おう!そうだったな!よし!行こうぜ!!」
そう言って、幽助は、魔界の穴に向かって走り出した。
なんと、幽助も行く気なのか!?
慌てて、幽助を追う蔵馬。
そして、思いっきり嫌そうに蔵馬は言った。
「あの!幽助もついてくるんですか?!」
「なんだよ!すげー嫌そうな言い方だな……。
大丈夫だよ!記憶を消されないようにちゃんと隠れとくからよ!
お前は、予定どおりこの世界の蔵馬から暗黒鏡を奪ってくれたらいいんだから。」
「……何を……考えてるんですか?」
嫌な予感がするので、尋ね方が恐る恐るになってしまった。
「何って……お袋さんの記憶を戻す方法だよ。」
さらっと答える幽助。
「どうやって戻すんです?」
――と尋ねつつも、蔵馬はなんとなく予想がついていた。
幽助は、恐らく、オレと同じことをするつもりだ!
「お前、オレの記憶を戻すために、過去に遡ったんだろう?
じゃあ、同じようにお袋さんの記憶を消す前までに遡ったら、
お袋さんの記憶を戻すことができるじゃねーか!
オレ、いまいちこの仕組み分からねーけど……。
……できるんだろう?」
やっぱり……。
蔵馬は、走りながら、深くため息をついた。
できるできないで答えるならば、答えは「できる」だと蔵馬は思う。
でも、蔵馬は、答えなかった。
答えなかった理由は2つある。
1つは、母さんの記憶が戻るのが、怖いから。
母さんの記憶が戻ったら、オレは、どうするんだろう?
幽助の言うとおり、大人しく人間界に帰るのか?
オレには帰る意思は、全くない。
なら、どうする?
また、機会を見て母さんの記憶を消すのか?
あれだけ辛かったのに……また、母さんの記憶を消すのか?
―――消せるのか?!―――
もう1つは、なんとなく「やばい」ような気もするから。
そもそも時間をいじるのは、“してはいけないこと”だろう。
ただでさえ“してはいけないこと”を幽助の記憶を戻すために1回しているのだ。
それをまたするというのだ。
“してはいけないこと”を何回もするときっと痛い目に合う……。
そんな気がしてならない。
1つ目の理由を幽助に言うわけにはいかない。
2つ目の理由も所詮蔵馬の直感だ。今の幽助に言っても仕方ないことだ。
蔵馬自身、どうしてそう思うのか分からないのだから。
単なる思い過ごしだろう……と蔵馬は思っていた。
蔵馬は、黙ったまま走り続けた。
しかし、その直感は、このあと正しかったのだと蔵馬は思い知らされる。
もし、自分の直感を信じ、幽助のすることを止めていれば……
―――コンナ ジタイ ニハ ナラナカッタノニ ……。―――
【第26回】
蔵馬が答えなかったので、幽助ももうしゃべらなかった。
ただひたすら走り続けた。
蔵馬がまだ「帰る」決意をしていないことに幽助は、気付いていた。
だからこそ、何が何でも蔵馬の母親の記憶を戻そうとしていた。
――できるんだろう?
蔵馬は答えてはくれなかった。
どうして答えてくれなかったんだろう?
母親の記憶を戻してほしくないからか?
それとも答えが「できない」だからか?
幽助は、前者だと思っている。
後者なら、蔵馬は黙らずに「できない」とはっきり言うからだ。
蔵馬は、まだ帰るのが怖いんだ!
だから、母親の記憶を戻してほしくないんだ!!
なら、なおさら、蔵馬の母親の記憶を戻さなければならない!
蔵馬は、絶対に帰らなきゃならない!!
幽助は、信じている。
たとえ、今、人間界に帰ることに抵抗を感じている蔵馬を無理矢理に連れて帰ったとしても
きっといつか「人間界に帰ってきて良かった」と思える日が来ることを。
そんな日が来たら、一緒に笑おう!
「昔は、こんなことで必死に悩んでいたんだなぁ」と2人で語り合おう。
辛い辛い今もいつの日か思い出になる。
そんな思いを胸に、幽助は走り続けた。
魔界の穴まであともう少し。
走りながら蔵馬は思った。
(オレに帰る意思がないということを、幽助は、気付いている……。)
蔵馬は、暗黒鏡を使うことには、反対だった。
でも、幽助を止めることもできなかった。
優先すべきは、幽助の条件を全て満たすこと。
この世界の自分から暗黒鏡を奪えば、条件はクリアできる。
幽助に下手に反発して、またとんでもないことをされたら、
それこそ取り返しのつかないことになる。
いいじゃないか。母さんの記憶が戻っても……。
また、消せばいい……。
一度消せたんだ。今度もきっと消せる。
守らなければならないのは、母さんだ。
母さんを傷付けたくない!
そのためなら、自分がちょっと辛いくらい、なんてことはない!
絶対に消してみせる…。
蔵馬がそんなことを考えているうちに、魔界の穴にたどり着いた。
魔界の穴で待ち伏せし、この世界の蔵馬に夢幻花の花粉を使い、眠らせた。
過去の自分の行動など手に取るように分かる。
暗黒鏡は、あっけないくらい簡単に奪うことができた。
自分で自分を眠らせるというのは、なんとも言えない奇妙な感じがした。
とうとう暗黒鏡を使う時が来た。
「え?幽助、1人で使う気なんですか?」
蔵馬は驚いたように声をあげた。
「ああ。だって、お前はこの世界に来るために暗黒鏡を使ったんだろう?
じゃあ、お前の命は、売却済みじゃねーか。」
幽助は、まるで「何当たり前のこと言っているんだ」と言っているようだった。
幽助の言うことは、当たっている。
蔵馬の命は、もう“使っている”のだ。
また、“使える”とは考えにくい。
でも、幽助1人に暗黒鏡を使わせるのか?
先ほどから蔵馬の心にあった「やばい」という気持ちが
突然大きくなった。
蔵馬の不安は、最大限に膨れあがった。
「幽助!!やめましょう!!」
蔵馬は弾けるように言った。
「やばい」という気持ちが蔵馬の鼓動を早くさせた。
「ああ?今頃、何言ってんだ?」
幽助は、不機嫌な声を出す。
「なんだか、嫌な予感がするんです。
帰りたい、帰りたくない抜きで言ってるんです!
すごい胸騒ぎがする……!」
段々と蔵馬の鼓動が早くなる!
「やばい」ものがまるでどんどん近づいてくるかのようだ。
その時……!!
―――グラァァァーー―――
『!!?』
幽助も感じている。
「な……、なんだ?!この違和感は!」
幽助の声がした。
でも、気のせいか?幽助の声がなんだか遠くの方から声が聞こえたような気がした。
「なんか空間が歪んでるかのようだぜ?」
蔵馬は、遠くの方から聞こえた幽助の言葉であることに気付いた。
この場所、この時間……!
この世界に来る時に蔵馬が暗黒鏡を使った場所。
この世界に来る時に蔵馬が暗黒鏡を使った時間。
ちょうど一致するのではないのか?
蔵馬は聞いたことがあった。
時空を移動した場所とその時間帯は、非常に時空が歪みやすくなっているということを。
空間も同じようなことが言える。
よく人間が空間の歪みにより、魔界に迷い込んでしまう。
空間の歪みの波にさらわれた人間を、飛影たちがパトロールして保護いるわけであるが……。
そういった空間の歪みは、だいたい同じ場所、同じ時間に起きやすいものなのだ。
蔵馬はこの場所で暗黒鏡を使い、時空を移動した。
そして、暗黒鏡を使った時間は、だいたい今頃だ。
もうそろそろ蔵馬は消えてしまうだろうから、間違いない。
時空を移動した前後の時間で、場所はここ。
本当に時空が歪んでいたとしたら……、
時空の歪みの波にさらわれたとしたら……、
急に蔵馬はハッとした。
「幽助!!」
蔵馬はバッと幽助の方を見た。
しかし、幽助の姿はなかった。
本当に時空が歪んでいたとしたら……、
時空の歪みの波にさらわれたとしたら……、
蔵馬は茫然と呟いた。
「どこの時代に飛ばされるか分からない……。」
【第27回】
しまった!!何ていうことだ!!
こんな事態になってしまうなんて……!
蔵馬は、自分で自分の顔が青くなっていくのを感じた。
幽助が時空の歪みの波にさらわれた!
どうして、気付かなかったんだろう?
幽助の声が遠くなっていたのは、時空に飲み込まれそうになっていたからなんだ。
最悪のケースになってしまった……。
蔵馬は、もう間もなく消えてしまう。
幽助は、どこに飛ばされたか分からない。
「くっ!」
嫌な予感がした時に、すぐに幽助を止めていれば良かった。
しかし、今更、後悔したって遅すぎる!!
蔵馬は、地面を握り締めた。
策が何も思い浮かばない。時間もない。
もう、どうすることもできない!!
蔵馬は、地面をじっと見つめた。
違和感があった。
あるはずのものが、なくなっている……。
「…………暗黒鏡……。」
蔵馬は、暗黒鏡がないことに気が付いた。
蔵馬は、辺りを見渡した。
しかし、暗黒鏡はどこにもなかった。
(暗黒鏡もどこかの時代に飛ばされたのだろうか……?)
そう思った瞬間、蔵馬は、急に立ち上がった。
ある考えが、頭によぎった。
(オレは?オレは、時空の歪みの波にさらわれなかったのか?!)
幽助も暗黒鏡も時空の歪みの波にさらわれた。
それは、蔵馬がそう思っていただけなのだ。
さらわれたのは、もしかしたら蔵馬の方かもしれない。
また、幽助も暗黒鏡も蔵馬も、みんな別々の時代に飛ばされたのかもしれない。
蔵馬は、空を見上げた。
そこに、満月はなかった―――。
「…………。」
幽助は、座り込んでポカ―ンとしている。
気付いたら、蔵馬が消えていたからだ。
蔵馬だけではない。暗黒鏡も消えていた。
「…………。」
蔵馬が暗黒鏡を持って逃げたなら、いくらなんでも気付くはずである。
蔵馬と暗黒鏡が、文字どおり“消えた”のだ。
「……えーーーと……。」
一体何が起きたのか、さっぱり分からない。
「…………。」
これからどうしたらいいのかも、分からない。
「おーーーい!!蔵馬ぁーーーー!!!」
とりあえず、叫んでみる。
しかし、すぐに静寂が訪れた。
蔵馬は、時間が来たら自分は消える、と言っていた。
まさか、その時間が来てしまったのか?
でも、それなら何故暗黒鏡まで消えてしまうんだ?
蔵馬と暗黒鏡が消えてしまう前、違和感があった。
空間が歪んでいるような……そんな感じだった。
それが原因なんだろうか?
しかし、こんなところで座り込んで、色々考えていたって仕方がない。
別にすごい名案が思いつくわけでもない。
「うーーーん……。よし!魔界に行くか!」
この場所から、魔界は近い。
魔界に行けば、もしかしたら蔵馬に会えるかもしれないし、
会えなくても、飛影の居場所は知っている。
飛影に頼んで、蔵馬を探してもらえばいいのだ。(協力してくれるかどうかは分からないが)
そう考えた幽助は、魔界へと走り出した。
蔵馬は、久し振りに人間界の町を歩いた。
“今”は、夜ではなかった。
町の電光掲示板に現在の年月日と時間と今後予想される天気が表示されていた。
『16:57 雨』
空は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。辺りはかなり暗くなっていた。
しかし、問題なのは、“年”である。
蔵馬は、しばらくその電光掲示板を睨むように見ていた。
その電光掲示板に表示されている“年”を見て、
蔵馬は、時空の歪みの波にさらわれたと自覚せざるを得なかった。
蔵馬が飛ばされた世界は、30年後の未来だった。
これから、どうしたらいいのか?
オレは、どうして生きているのか?
疑問や不安があふれ出てきた。
この世界が30年後の未来だということは、分かった。
元の世界に戻って、幽助を助ける方法……そんな方法が存在するだろうか?
蔵馬は、きっと、もう暗黒鏡は使えない。
さっき幽助が言っていたように、蔵馬の命は既に暗黒鏡に捧げているのだから。
だからこそ、疑問なのだ。
蔵馬は、時空の歪みの波にさらわれなくとも、もう死んでいる時間なのだ。
しかし、蔵馬は生きている。
一体、どうなっているのか?!
幽助は、魔界にたどり着き、再びポカ――ンとしてしまった。
「……魔界が……変わっている……。」
幽助の目の前には、幽助の知らない魔界が広がっていた。
幽助は、魔界全土が見渡せる丘へと向かった。
その丘にたいてい飛影はいる。
しかし、その丘に行っても飛影はいなかった。
幽助は、その丘から、魔界全土を見渡した。
この魔界は、現在の魔界じゃない。
まるで“昔の魔界”だ!
“昔の魔界”なんて幽助は知らないが、なんとなくそう感じた。
しばらく、幽助は、“昔の魔界”を眺めた。
本当に、ここは、過去なのだろうか?
過去だと分かるものが、魔界にはない。
(カレンダーなんて無ぇし……。人間界に戻って確認した方が……。)
ここまで考えた時、幽助は、あることを思いついた。
(もし…、本当にここが“昔の魔界”なら……。)
自分の思いつきに、幽助は震えた。
つばをゴクリと飲み込んだ。
“そんな、まさか…”と思いつつも、妙な確信を持っていた。
幽助は、全速力で駆け出した。
(本当に“昔の魔界”なら、きっと……あいつがいる……!)
「鈍感って!!テメーなぁ!」
「そうだよ!こっちは、訳分からないよ!」
桑原とぼたんは、怒鳴り散らす。
「だいたい、テメー、陰でコソコソ何やってんだ?!
暗黒鏡を盗んだり、意味分からんことを言ったり……。
……ん?」
桑原は、気付いた。
飛影は暗黒鏡を盗み出した。
この“信じられない状況”も飛影の仕業らしい……。
“信じられない状況”は、どんな手段を用いても、なり得なかった。
しかし、例外がある。
「飛影……、まさか、お前まで、暗黒鏡を使ったのか?」
この桑原の言葉に、ぼたんは、目と口を大きく開けた。
驚きのあまり、声が出なかったらしい。
「フン、そういうことだ。」
飛影は、桑原を見下すように答えた。
(実際は身長の関係で、飛影は見上げてます(笑))
「え?ちょっと待てよ?じゃあ、お前も蔵馬みたいに時間差の方法を使ったのか?」
「そんな面倒なことはしない。」
飛影は、今回の事件で、偶然に“暗黒鏡”の“本来の意味”を知ることになった。
暗黒鏡は、願いが叶うと同時に命が取られる。だから、持ち主が転々と変わってしまう。
そういう意味で“暗黒鏡”と呼ばれるようになったのだ。
しかし、それは、おかしくないだろうか?
自分の命を削って、願いを叶えたいと思うものなんて、そういない。
欲望の強い者こそ、自分の命を一番に可愛がるものなのだ。
つまり、欲望の強い者にとって、暗黒鏡は“役に立たない”代物なのだ。
暗黒鏡を使う者がいないのに、“持ち主が転々と変わる”という理由は成り立たない。
でも、もし欲望の強い者が、自分の命を取られることなく、欲望のままに暗黒鏡を使えたとしたら?
自分の命を取られないようにする方法が実在した。
その方法こそが、“暗黒鏡”と呼ばれる本来の由来なのだ。
「オレは、“本来の暗黒鏡の使い方”をしたまでだ。」
【第28回】
蔵馬は、町を歩きながら、考えていた。
ここは、30年後の世界。
やはり、オレも時空の歪みの波にさらわれていたんだ。
それなのに、オレは生きている。
オレは、死んでいない。
何故だろうか?
この世界は、本当に“本当の未来”なのだろうか?
考え事をしながら、歩いていたら、懐かしい場所にたどり着いてしまった。
蔵馬は、足を止めて、悲しいまなざしで「それ」を見た。
蔵馬が今まで住んでいた家だ。
(この世界で母さんは幸せに暮らしているんだろうか……。)
家は、だいぶ古くなっている。
30年も経っているのだから、当然だけれど……。
建替えたり、改装したりしなかったんだろうか?
蔵馬が住んでいた頃、この家のは“温かい”感じがしていた。
でも、今この家を見てみると、すっかり“寂しい”家になってしまっていた。
不安になった。
母さんは、本当に幸せに暮らしているんだろうか?
「あの……。」
後ろから女性の声がした。
蔵馬はドキリとした。
誰だか、すぐに分かってしまったからだ。
蔵馬は、振り返り、その女性の顔を恐る恐る見た。
かなり老けてしまっていた。
でも、昔の面影はある……!
(母さん……!!)
「貴様!!何者だ!!!」
北神をはじめとする雷禅の国の者達が、幽助を睨んでいる。
幽助は、北神達にかまっていられる余裕がなかった。
「まさか……。」
幽助は目を大きく開いた。
聞こえる……。聞こえる…!
腹の音が。
聞こえる!聞こえる!!聞こえる!!!
もう二度と聞くことのできないはずだった音が……。
「……雷禅……!」
幽助は、北神達を間をくぐり抜け、雷禅がいる部屋へ
走り出した。
当然、北神達は、慌てて幽助を追いかける。
幽助は、北神達が追いかけてきているなんて気付いていなかった。
必死に雷禅の部屋を目掛け、走った。
通い慣れた雷禅の部屋が遠く感じた。
自分の走るスピードが遅く感じた。
冷静に考えれば、別に急ぐ必要はないのだ。
ゆっくりと北神達に事情を説明し(信じてくれるかどうかは別として)
ゆっくりと雷禅の部屋に向かっても、何の不都合もないのだ。
急いで部屋に行かなくても、雷禅は逃げないのだから。
でも、幽助は走らずにはいられなかった。
急がないと!急がないと!!
何をそんなに焦っているのか、きっと幽助自身も分からない。
急がないと雷禅が消えてしまうかもしれないとでも思っているのだろうか?
バタン!!!!
幽助は勢いよく、雷禅の部屋のドアを開けた。
「親父――!!!」
幽助は、叫んだ。声が部屋に響き渡った。
目の前には……
いた。雷禅だ。
「あの……、何かご用?」
志保利は、にこやかに言った。
しわだらけの顔。
真っ白な髪の毛。
志保利は、やつれていた。
以前の志保利の微笑みは、温かいものだったが、
今の志保利の微笑みは、寂しさと悲しさにあふれていた。
「いえ、つい懐かしくて……。
以前オレが住んでいた家にそっくりでしたから……。」
他人を装い、蔵馬は、まるっきり嘘ではない嘘を言った。
“懐かしくて”は、本当のこと。
“以前住んでいた家”というのも本当のこと。
“そっくり”という部分だけが嘘なのだ。
「すみません。ジロジロと見てしまって。
すぐに失礼します。」
事務的に微笑み、蔵馬は、すぐに立ち去ろうとした。
すると、
「あ!ちょっと待って!」
志保利が、小走りで蔵馬に近づいてきた。
「もし、良かったら、家の中に入らない?」
蔵馬は、驚いた。
蔵馬は、即座に断ろうとした。しかし……。
「ここであなたと会ったのは、何かの縁だわ。
お茶でもいかがかしら?
ほんの少しの時間でいいの。
ちょっと年寄りの相手してくれないかしら?」
志保利は、ここまで言うと少しうつむき、
独り言のように言った。
「みんないなくなってしまって、寂しいの……。」
蔵馬は、断れなかった。
幽助は、ハッと冷静になった。
雷禅がいる。雷禅が生きている。
やはりここは、過去なのだ。まだオレと雷禅が会う前の世界。
だからこそ、北神達は、勝手にこの国に侵入したオレを敵と見なしていたんだ!
勢いよくこの部屋に入ってしまったけれど、雷禅もオレを侵入者と思うのだろうか?
ふと、幽助は、あることに気付いた。
あれ?おかしい……。
ここが過去なら、どうして、オレは魔界に来れたのだろう?
ここが過去なら、人間界と魔界の間に結界があるはずなのに……。
結界がなくなったのは、ここ数年前の出来事なのに……。
この世界は、本当に“本当の過去”なのだろうか?
「貴様!!国王のお部屋に!!」
幽助が色々考えている間に、北神達が追いついてきた。
雷禅は、静かにジィ―ッと幽助を見ている。
(今までのこと……説明して信じてもらえるだろうか?)
幽助も、雷禅の目を見た。
「国王!申し訳ございません!!
すぐにその者を捕らえます。」
そう言って、北神は、幽助に襲いかかろうとした。
しかし、
「北神。下がれ……。」
雷禅の低い声が部屋に響いた。
北神は、ピタッと体を止めた。
「は?」
「そいつは、オレの客だ。」
その雷禅の言葉に北神達はもちろんのこと、
幽助も驚いた。
北神は、ジロジロと幽助を見た。
まるで「本当に“これ”が国王の客か?!」と言いたいかのようだ。
「お前らは、この部屋から出て行け……。」
北神は、少し顔をしかめたが、国王の言葉に逆らうわけにはいかない。
すぐに
「失礼しました。」
と、一礼をして部屋を出て行った。
他の者も北神に続いた。
北神達が部屋を出ていったのを見届けて、雷禅は、
「おい。」
幽助に話しかけた。
「これはどういうことだ?何故お前がこの時代にいる?」
「ごめんなさいねぇ。こんな年寄りの相手させちゃって……。」
志保利は、紅茶を飲みながら、にこやかに言った。
「……いえ……。」
蔵馬もどうしたらいいのか分からず、紅茶を一口飲んだ。
(あ……、母さんの紅茶だ……。)
南野家(畑中家)の紅茶の味は、志保利のオリジナルだった。
久し振りに飲んだ。
家の中の雰囲気は、ほとんど変わっていなかった。
あまり新しいものを買っていないようだった。
「どう?その紅茶。変わった味でしょう?」
「おいしいです。奥さんのオリジナルなんですか?」
なんとなく志保利の顔が、暗くなった。
「ええ。私オリジナルの紅茶なの。
……昔……よく作ったわ……。秀一に。」
蔵馬は、ドキッとした。
しかし、すぐに冷静を取り戻した。
「秀一というのは、息子さんのことなんですか?」
秀一というのは、オレのことじゃない。
母さんと義父さんの子の名前だ!
蔵馬は、そう自分に言い聞かせた。
「ええ。素直でとってもいい子だった……。でも……。」
志保利は、遠くを見つめるような目をした。
「……今からちょうど20年前、釣りに出かけた夫と秀一が、帰りに交通事故に遭ってね……。」
20年前?!
そんな……。義父さんと秀一(義弟)が……。
オレが家を出た10年後に亡くなってしまったのか?
そんな……、そんな……、そんなことってあるのか?!
衝撃的な事実を聞かされ、蔵馬は愕然とした。
「目の前が真っ暗になるっていう言葉の意味が、あの時に分かったわ。
私は、20年間、ずっと独りぼっちだった……。」
薄っすらと微笑む志保利。
そうか、だから、母さんはこんなに悲しい顔をしているんだ。
「ねぇ。私の話聞いてくれない?バカみたいなお話なんだけど……。」
志保利が突然、話題を変えた。
蔵馬の返事を聞かずに、志保利は話し始めた。
「あのね。私はね、2回結婚しているの。
私は、2人の夫に、先に逝かれてしまった。
最初の夫が亡くなった時もすごく悲しかった。
本当に愛していたから。」
蔵馬は、無言で頷いた。
知っているよ……、母さん。
母さんが父さんのことをどんなに愛していたか。
もちろん、父さんも母さんをとても大切に想っていた。
父さんが亡くなった時、母さんは、静かに泣いていたね。
父さんの葬式が終わったら、すぐに母さんは、元気に笑っていた。
いや、元気なように必死に振る舞い、笑っていた。
……オレ(息子)がいたから。
母さんが、密かにこっそりと、毎晩毎晩父さんを想って泣いていたのを
オレは、偶然見てしまった。
――オレが母さんを守る!!
その時、強くそう誓ったのを覚えている。
「最初の夫が亡くなって、再婚するまでの数年間、私は今と同じ独りぼっち
……のはずだった…の。」
志保利がジッと蔵馬を見た。
「秀一の産みの母親は、実は、2回目に結婚した夫の前の奥さんなの。
そして、私には、子供がいなかったから。子供を産んだ“記憶がない”から。
だから、再婚までの数年間は、当然、私、独りぼっち……よね?」
志保利は、蔵馬に確認するように言った。
しかし、蔵馬は、頷けなかった。
蔵馬は、気になった。どうして志保利は“記憶がない”というところを
強調して言ったのだろう?
緊張が高まった。
「でも、違うような気がする……の。」
志保利は、力強く言った。志保利は確信してるかのように言った。
蔵馬は、目を大きく開き、志保利を見た。
「私は、独りぼっちじゃなかったはずなのよ。」
志保利と蔵馬は、互いに互いの瞳を見合った。
一瞬、沈黙が流れた。
「どういう……こと……なんですか?」
心臓が大きく音を鳴らすので、蔵馬は、上手くしゃべることができなかった。
それくらい蔵馬は緊張していた。
「私には、私の子供がいたような気がしてならないのよ……!!」
今、蔵馬はどんな表情をしているのか。
蔵馬自身、分からなかった。
鏡があったら、見てみたい。
オレは一体どんな顔(表情)をしている?
母さんに悟られてはダメだ。
オレは、母さんにとって、単なる通行人だ。
単なる通行人なら、こんな話を聞いたらどう思うだろう?
年寄りの夢物語として、さらっと流すのだろうか?
この年寄りは、痴呆症じゃないかと思い、嫌な顔をするのだろうか?
「どうして、そんな気がするんですか?」
蔵馬は、できる限り平静を装った。
「幸せだったから……。」
「え?」
「夫が亡くなったのは悲しかったけれど、それでも再婚までの数年間、
幸せだったと思う。寂しくなかったと思う。
何が幸せだったのか具体的な記憶は、全くないのに、
“幸せだった”という想いは、はっきりと覚えてるのよ。」
夢幻花の花粉は、記憶しか消せない。
想いまでは消せない。
「今は、寂しい。」
志保利は、辛そうな顔を蔵馬に見せた。
「すごくすごく寂しい。
助けてほしいくらい寂しい……!」
志保利は、段々泣きそうな顔をしていた。
蔵馬は、志保利の顔を見ていられなくなった。
思わず、下を向いた。
「……ごめんなさい。変なお話だったでしょう?
自分でもどうしてそう思うのか、不思議なの……。
でもね、どうしてかしら。
なんとなく、あなたなら、このお話信じてくれるような気がしたの。」
蔵馬は、勢いよく、顔を上げた。
蔵馬の顔を見て、志保利は、“初めて”微笑んだ。
「信じてくれて、ありがとう……。」
【あとがき】
念のため言っておきますが、別に第24回で蔵馬の悩みが晴れたわけじゃありません。
中途半端に終わってしまったため、まるで全て解決したように感じるかもですが……。
ただ、蔵馬自身、幽助の言葉はありがたいと思っています。
幽助が自分のことを大切に想ってくれているということは、蔵馬さんちゃんと理解してます。
だから、悩みが解決したわけじゃないですが、
最後の辺り、少し蔵馬さんに笑みがこぼれるというわけです。
解決は、まだもう少し先かなぁ……。
さて、第23回の時の幽助の答えはなんでしょうか?という問いに答えてくださった方々。
本当にありがとうございます。
ほとんどの方が、「両方」とのことでした。内容的には、皆様大当たりです。(当然ですか?)
幽助は、結局、自分も相手も選んでるということです。
でも、「相手」か「自分」かと聞かれているのに、「両方」とは幽助は答えない気がしまして……。
「相手」か「自分」かと尋ねられたら、必ずきちんとどちらかを選ぶタイプだと
私は思っています。
ハッキリしてる方が好きな子ですから、幽助。
相手の気持ちなんて、絶対に分かりません。
それなのに、勝手に「ああしたら傷付くかな、こうしたら傷付くかな」と考え、
何も行動できなくなるというのは、意味がないのではないか?
それならば、自分の気持ちに正直になって、
相手も自分も傷付いてしまってもそれを修復できるような強さを
身に付けた方が、よほど意味があるんじゃないかなぁと。
生きるには、欲しいものは「欲しい」と言うことも、たまには大切よ、
ということです。(人様に迷惑かける欲張りは駄目ですが。)
もちろん、「欲しい」と言うだけでは、手に入りませんので、
手に入るように頑張らないと駄目ですが。
ちなみに、幽助も「相手」か「自分」かを迷った末に「自分」を選びました。
だからこそ、いいのです。
何も迷わずに「自分」を選べるのは、それこそ「腐った奴」です。
つまり、「自分」を選ぶということより、「自分」を選べる勇気を持つことが
大事ということをここでは言いたいのですが……。
難しいにゃあ〜……(^^;
第25回の冒頭のお話は、気にしないでくださいませ。
そのうち分かりますゆえ(^^)
第23回の冒頭の続きになります。(多分)
第25回は、まあ、つなぎの回でしょうね。
第25回と第26回で1つのつなぎのお話という感じになります。
さて、これから起こるとんでもない(?)事態とは、なんでしょうか?
分かるわけないと思いますが、お楽しみに……していいものかどうか……;;;
さてさて、蔵馬さんの意思は、固いッス。
絶対に「帰らない」と思ってます。頑固者です。
でも、幽助も頑固者です。絶対に蔵馬を「帰らせる」と思っています。
蔵馬を帰らせるためなら、どんな無茶もするつもりです、幽助くんは。
それは、蔵馬にしては、大変困るのです。
そもそも蔵馬がこの世界に来たのは、幽助の条件を全てクリアするためなのですから。
幽助が無茶苦茶なことをしたら、条件のクリアの邪魔になるかもしれない。
さてさてさて……といったところでしょうか。
第26回は、なんだか、妙なお話になってまいりました(−−;
こんな展開にしていいのかなぁと思いつつも、書いちゃいました。
ちなみに「空間の歪み」「時空の歪み」は、『青い鳥』では次のように定義しています。
「空間の歪み」…空間の歪みの波にさらわれたら、場所が移動してしまう。
時間は、変わらない。
「時空の歪み」…時空の歪みの波にさらわれたら、時間(時代?)を移動する。
場所は、変わらない。
つまり、空間の歪みは、人間界から魔界に移動してしまうというように
時間は、現在のままですが、場所が移動してしまうということ。
時空の歪みは、現在から過去にというように時間移動してしまうのだけれど、
場所は全く変わらず。
他の漫画や小説での設定や本当の意味での「空間」「時空」とは、
全く異なるのですが、『青い鳥』では、上の定義のとおりです!
*「空間」の反対語は「時間」です。(ご存知と思いますが)
「時空」とは、本来は「時間」と「空間」のことです。
だって、時間の歪みと表現するより、時空の歪みと表現した方が
なんとなくカッコイイでしょう?(苦笑)
「そんなのおかしいよ!!」などとおっしゃらないように。
設定が変わったら、話が書けないでしょう!!(笑)
しつこいようですが、第27回の最後の部分は、第23回第25回の冒頭部分の続きになっておりますので
続けて、読んでいただいた方が、分かりよいと思います。
そして、第27回が、飛影の謎の最後のヒントです。
今度書く時は、飛影の謎の答えになります。
ちなみに“本来の暗黒鏡の使い方”というのは、私が勝手に考えた方法なので、
原作とは、全くちっとも欠片も関係ないので。
“暗黒鏡の本来の由来”というのも私のオリジナルです。(分かると思うけど……)
でも、前々から疑問だったんです。
「持ち主が転々と変わるから暗黒鏡と呼ばれる」と原作に書いてたのですが、
誰が暗黒鏡なんて使うの?!と……。
蔵馬みたいに母親を助けるため――というのは、レアケースでしょう。
たいてい、何でも願いが叶う道具を使おうとする人って、欲望の強い人と思うのですが、
そんな人が、自分の命をかけますか?!
そういう疑問から、今回のお話を作りました。
いつも申し上げてるのですが、理論が穴だらけでも、気にしてはいけません!(笑)
第28回でそれぞれ、会いたかった人に会えました。――というお話でした。
第28回、書く時に困ったのが、志保利さんが分からないということです。
どんな人か、原作では読み取れないですから……。
「良い人」なんだろうなぁ、というイメージしか持っていなかったので、
非常に書きにくい人でした。
まあ、普通の女性なのでしょうね。特別強いわけでもなく、特別弱いわけでもなく。
ただ、ふと思うこと。30年後の未来ということは、志保利さんってば、何歳よ?
70歳は超えてますよね……。それにしては、しゃべり方が若いような(笑)
まあ、細かいことは置いといて……;;;
“本当の未来”なのか?“本当の過去”なのか?――という問題が出てきました。
しかし、幽助と蔵馬は、そんな問題は、すっかり忘れてしまっています。
蔵馬は、志保利と会ってしまったことによって、
幽助は、雷禅が“幽助は侵入者ではなく、息子である”と分かってくれたことによって。
あ、あと、畑中(義父)さん、秀一くん(義弟)、勝手に殺しちゃってごめんなさい……;;;
このお話の感想メールお待ちしております。
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