自転車でおへんろ、区切り打ちに行ってきました。区切り打ちというのは通しで88ヶ所全部回るのではなく何回かに分けて回る方法です。今回は1番札所から19番札所まで回りました。

 行程をざっと説明すると、10日20:25新大阪発の新快速で姫路まで行き21:34発岡山行きに乗り換え岡山から23:34発の高松行きに乗り24:38に高松着でその日はそこまで。高松駅で野宿。
 翌11日は5:42発の高徳線で板東7:31着。自転車を組み立て8:00出発。この日は15:00に11番札所藤井寺のお参りを済ませ12番札所から近いコットンフィールドというキャンプ場に宿泊。この日の走行距離は80km。
 12日は5:00起床。荷物を預けて7:00に出発。12〜19まで回り、20番札所のホームストレッチに16:20にたどり着き、引き返し勝浦町あたりをうろつき16号線から55号線を走り徳島駅20:16のうずしおに乗りました。高松でマリンライナー、岡山でのぞみと乗り継ぎ新大阪に23:37に帰ってきました。この日の走行距離は130km。2日間の総走行距離は210kmでした。

 配偶者には「なんでおへんろなん?」と言われました。

 「だいたいあんたの両親も兄弟も信仰というものからはほど遠い人種で、自分以外を信用していない一族やのに。」

 というあんまりな言い方に見送られて6月10日会社から帰宅するなりそのまま約15kgの荷物とそれと同じ重さの自転車を輪行袋に入れて計約30kgを抱えて一路四国へ旅立ちました。

 もともと高速バスで輪行するつもりだったのですが、結局できませんでした。ネットで調べると高速バスは断られることもあるという風に書かれているのが一般的なのですが、実際は違うのか、変わったのか、大阪-徳島間はダメなのかみんな断られました。まず梅田の高速バスの乗り場で前もって訊いてみるとニベもなく断られました。次にJRバスに電話で尋ねるとこれも明確に断られ、南海バスに電話で訊くとまず女の子がどの路線かと訊くので路線によって違うのかと少し不思議に感じながらも大阪徳島間と告げるとしばらく待たされた後、「誠に申し訳ありませんが自転車の持ち込みはできる限りお断りしています。」との回答でした。

 ゼッタイにダメと言うことではないと解釈した私は喜んで言いました。

 「ありがとうございます。ではダメではないということですね。混雑しているとき以外は大丈夫なんですね。」

 「…。もう一度お待ちいただけますか。」

 今度はおじさんに代わってこう言うのです。

 「自転車の輪行しようとしはる方はよくいたはるんですけど他のお客様の手前もあるのでできるだけやめていただくようお願いしてるんです。」

 「ええっと、揚げ足をとるわけじゃないんですけど、できるだけということはゼッタイにダメということではないということですよね。」

 「いえ、困るんです。」

 どうもはっきりしなくて、ヘンな言い方なのです。何度聞いてもはっきりダメとは言わないのですが、でも私が輪行することは阻止したい、という感じなのです。仕事中にした電話だったので深く追究はせずにあきらめましたが、南海バスなぜNoと言えないのでしょうか。この路線は何社かの共同運行なのでそれが関係しているのでしょうか。

 クルマで行くことも考えましたがどこに駐車しておくか。田舎だからどこなとおくところはあるかも知れませんがやはり最大三日間近く駐車しておくのは心配なので結局電車で輪行することにしました。これがなかなか大変でしたけど。

(6月10日 出発から)

 新大阪から20:25発姫路行きに乗りましたが、これが大阪あたりで3分遅れているとのアナウンスがありました。姫路からの乗り継ぎ時間が3分なので3分遅れると乗れません。すると本日中に岡山到着は無理になり、上郡あたりで泊まらなければならなくなります。岡山にさえ到着できれば岡山から高松行きの最終は24:09なのでその日のうちに高松まで行けるのです。上郡と高松では違いすぎます。なんとか遅れを取り戻して欲しいものです。

 しかし、例の事故が影響しているのか遅れを取り戻す気配はまったくないまま、つまり同じ3分の遅れのまま姫路に到着しました。あとはその列車が待っていてくれることだけに一縷の望みを抱いていました。果たしてその列車は待っていてくれたので助かりました。しかし、列車をよく見てみるとかなり空いているし、客の大半は姫路からの乗り継ぎ客です。15分、20分遅れていても待っていたような気がします。心配して損した。

 岡山には23:00ちょうどに到着して、23:06のマリンライナーにも乗ることができましたが、お客さんがかなり乗っていたため見送って次の23:34に乗ることにしました。荷物が多いので迷惑なのです。次の列車には先頭に並んで自転車を置くベストなポジションを確保しました。そして00:37に高松駅に到着し、本日の行程は終了。ここでねぐらを探します。駅の構内は1:30〜4:00まで閉め出されるようなので外で寝ることにしました。翌朝わかりましたが、11日朝に何かのチケットの発売開始があったみたいで夜中ずっと駅の前で並んでいるヒトがいて治安の心配はしなくて大丈夫でした。少しうるさかったけど。

 それに駅前は一晩中ワリと人通りもあってあまり寝るのに良い環境ではありませんでした。最初はすごく蒸し暑くそのうちに雨が降って気温が下がり、屋根のあるところに寝ていたのでぬれる心配はありませんでしたが、寒くなってきたのでジャージを着て寝袋に入りました。結局正味眠れたのは1時間くらいで、朝4:00になってからは駅構内に入りベンチに腰掛けて電車を待っていました。

 その代わり、高徳線の社内で爆睡しました。


 板東駅に7:31到着。銀ちゃん2号を組み立てて、服も着替えてウインドブレーカー上下で1番札所に向けてこぎ出しました。それが8:00ジャスト。5分ほどで霊山寺に着き、まずは駐車場にある遍路グッズショップで遍路用品を揃えます。服は袖無しタイプの上着のみで杖もなし最低限のグッズのみにしていざお参りへ。

 作法通り仁王門の前で一礼して、手水場で手を洗い口をすすぎ、鐘を突いて、本堂にて線香・ろうそくを上げ納札を納めて、お経を上げます。同じことを大師堂でも繰り返してやっと納経所で朱印をいただきます。納経料300円也。

 2番札所の極楽寺には5分ほどで到着。ここの納経所のおねいさんが優しくて地図を使って丁寧に次の札所の場所を教えてくれました。私は結局地図はネットで見つけたこのサイトの地図と各札所でもらえるものを使いました。雨が降っていて地図を見るのがとても不自由でこれらタダの地図なら濡れてボロボロになっても惜しくありません。


 次の金泉寺にはおかげで迷わず到着。といっても近い。わずか数キロくらいの距離で迷いようがないですね。それに基本的には道路に標示があります。歩き用も自動車用も。だからそんなに苦労せずに行けます。方位磁石を持っていれば万全でしょう。私は時計に付けているのともう一つリュックにも付けています。これでとにかくお寺を出て走り出す方向をまず確認するのと、次の場所がどの方向かということだけ確認すればあとは標識に従っていけばたいてい行けそうな気がしてきました。

 が、そう思ったのもつかの間、大日寺で少し迷いました。本当にこの道で良いのか心配になって一度引き返してきてしまいました。でも、やっぱり合っていてもう一度進むとかなり行ったところに標識があってホッとしました。分岐地点には標識が必ずあるのでしばらく標識がなくて心配になってきても信じて突き進めばイイと思い直しました。

 ずっと雨が降ったりやんだりのイヤな天気でウインドブレーカーは上だけにして下はCW-Xのハーフだけになることにしました。足は濡れても気にならないしこの方がずいぶんラクです。とはいえ上は暑くて中からも外からずぶ濡れで気持ち悪い。

 5〜7番までもとにかく近すぎて面倒くさい。少し走っては自転車を降りて本堂・大師堂をお参りして納経所に行って、また自転車に乗って、といろんなことをしなければならないのが大変です。なんてバチあたりなことを考えながら回っていました。

 8番の熊谷寺は少し離れていてしかも少し坂道もあって、やっと走る楽しみも少し味わえました。雨も完全に上がったみたいで快適な走行開始の予感。しかし、意外とおへんろさんが少ないというのが正直な感想。もっとゴロゴロいるものと思っていました。いても、バスかタクシーか自家用車で回っているヒトたち。歩きはほとんど見かけないし、自転車は皆無。雨の所為だったのでしょうか。


 8番からこの日最後の藤井寺までずっとあるおじさんと一緒でした。彼はクルマで回って十数人分くらいの軸や納経帳に朱印をもらっているのです。つまりはツアーのバスで回るヒトの分なのでしょう。バスと旅行者は一緒に回って、納経帳とこのおじさんは別にというか並行して回っているのです。多少の前後はありながらも最後では旅行者に配ってめでたしめでたしとなるのでしょう。ありがたみがあるかどうかは別にして便利と言えば便利なシステムです。

 2、3kmから10kmくらいの距離でしかもそんなに広い道でもなく信号もあるし自転車とクルマとでもそんなに時間が変わらず、ずっと会い続けて各番所で挨拶をしていました。最後の藤井寺では納経所のおばさんに向かってこんなことを言っていたのが聞こえてきて少しうれしかった。

 「あのにぃちゃんとは8番からずっと一緒やけど、自転車でも速いもんやねえ。驚いたわ。」

 11番の藤井寺を終えて15:00。前半雨だったにもかかわらず、思いの外早くすみました。明日は「遍路ころがし」と呼ばれる難所の焼山寺です。明日に備えてできるだけ近づいておく必要があります。R192をずっと東へ走ります。途中うどん屋を発見。そういえば早く回るために昼食を取らず走りながらウェイダーや羊羹をかじってすませていたので、中途半端な時間にもかかわらず何か食べなきゃもう走れません。なぜか力うどんを頼んでしまって食べながら少し後悔。炭水化物ばかりにせず肉うどんにすれば良かった。ネーミングについつられてしまいました。

 食事のあとはR192を走ります。

 もともと今回のメインの目的は最初の難所焼山寺への坂道を自転車で上り切ることでした。とにかくいろいろ調べました。どのルートで攻めるか。前日どこに宿泊して朝はどこから始めるか。いろいろ検討して自分でベストと思われる方法で挑戦しました。


 ルートはR192から新道を通って童学寺トンネルを越えて県道21とR438を走って神山温泉のそばのコットンフィールドというキャンプ場への宿泊でした。(感謝。このサイトを参考にしました。)11日の夕方からのこの走行が実は一番しんどかった。ここはそんなにツライところではなくてどのサイトでも特になんとも書かれていないのにここでこんなにツラかったら鍋岩から先は上れないんじゃないかと半ば絶望しながら走っていました。でもよく考えたらこの荷物の重さが悪いのです。リアキャリアに積んでいる荷物、テント・寝袋・着替え・バーナー等合計15kgほどあるのです。焼山寺の坂を上るときには下ろせばイイと気が付いてホッとしました。




コンビニ発見! 何か買おう、と思ったら10km先だって…














 神山温泉を越えて神山分校の辺りを一応下見して引き返し、コットンフィールドへ。キャンプ場への最後の坂を上るときに思い出しました。普段はほとんど使わないのですがフロントのギアがもう1枚28というのがあったのです。ここで思い出しておいて良かった。


 12日は5:00起床。荷物を預けて7:00に出発。7:37鍋岩到着。ここからの上りがさすがにキツイ。しかし、私の銀ちゃん2号のリアのギアはなぜか1枚だけすごく歯数が多い。34Tというのが付いているのです。つまり、前が28ですから、前が1回転しても車輪は1回転しないという軽さ。これがあるおかげでなんとか上っていけます。

 7:49杖杉庵に到着(撮影は下りの時)。


ここからは慣れてきたのか逆にラクになってきたような気がします。車道をジグザグに走って時々後ろから来たクルマに譲って左端を徐行しながらジワジワ上って、最後は単調で退屈する余裕もでてきたところで8:13に駐車場に到着。ここからは車両通行禁止ということで徒歩で少し上り8:20焼山寺に到着しました。

 このお寺だけ納経所でなぜかアンケートがあって人数と交通手段(大・中・小の自動車、単車、自転車、徒歩)を訊かれます。自転車と答えると「お疲れさまでした。」と言われました。

 自転車による焼山寺制覇のポイントは荷物置き場と軽いギア(28T×34T)です。


 焼山寺は苦労して上っただけあって長居してしまいました。エネルギー補給用の羊羹とペットボトルのお茶でくつろいだあと、ゆっくり下っていきました。琵琶湖のつづらお峠での失敗があるので慎重に下りていきます。ブレーキパッドもこのために交換しておきました。

 コットンフィールドキャンプ場に到着したのが9:40でした。預けてあった荷物を受け取りに行くと、「ああ、焼山寺さん行ってきはったの?  8時くらいに出て行かはったん?」と言われて少し悔しく思いました。すぐ帰ってきて「もう、行ってきたん?」って驚かせたら良かった。

 トイレに行って少し休憩して、10:00に出発。27km離れた大日寺を目指しますが、最大の目的だった焼山寺もお参りしたので後はゆっくりのんびり行くつもりでしたが、どこかでスイッチが入ってしまったみたいで途中峠の下りでかっ飛ばすことになりました。とはいっても、琵琶湖での落車が頭にあるので下りでは35kmは超えないように平地では30kmより遅くならないように思いっきりこいで、しかも、現在は軽いギアで回転数重視ですからハタから見ると余計必死に見えたことでしょう。

 その後もこの日は何度か突然このスイッチが入ってしまうことになるのです。

 ということで、大日寺には1時間ほどで到着。クルマで回っているおばさんに「あら、上でも見たわよね。速いわね。」と言われて少しイイ気分。


 この後14番札所常楽寺から17番札所井戸寺まではまたご近所が続きますが、その次の恩山寺までまた20km離れています。本当に今度はゆっくり行くつもりです。徳島の市街地に向かう道をゆっくり走っているとお腹が空いていることに気が付きました。何か食べよう、と思いますが何が食べたいかと考えるとうどんではもちろんなくてボリュームがあってダイエットの大敵になるようなモノ。頭に浮かぶのはなぜかカツカレー。一度そう思うとカツカレーが頭から離れなくなりました。そう昔のしば漬け食べたい、のCMのように(ふ、古い!)。

 ところがないのです。カレー屋が。「千恵子は徳島にはカレー屋がないといふ」という有名なフレーズを思い出しました。そうです。お腹が空いて思考が鈍ってきています。

 どうもなさそうな感じがしてきたので、もうこのさい洋食だったら何でもイイ。そう思いながら探すもののガス○はイヤだし、なんて思っていると段々中心の方県庁のに近づいてくるとレストラン自体がなくなってきました。ヘンな町。日曜日で休んでいる店も多い。要するにオフィス街なのか。大阪で言うと淀屋橋みたいなものか、などと考えているうちに中心を突き抜けてR55に出る。もうこの際なんでもイイ、とにかくハラが減ってもうこれ以上我慢できない、と倒れそうになったところでラーメン屋発見。


 私は普段ラーメン屋でラーメンを食べることはほとんどありませんが、おなかが空いていて背に腹は代えられないので食べることにしましたが、これがとてもうまかった。ガラガラだったのにけっこう待たされたけど。14:00に出発して、このままダラダラ行くつもりでした。というより、もうほとんど惰性で回っているような感じだったのできっかけがあればもう帰ってもイイかなあ、と思っていたくらいです。だってもう先の札所は全然調べてもいなくて遠いのか険しいのかもわからない状態でした。

 ラーメン屋を出ると前を4、5人の高校生くらいの男女が70リットルくらいの大きいリュックを背負って自転車で走っているのです。自転車でキャンプでもしているのでしょうか。自転車に乗るのにそんな大きなリュックは不便でしょう、と思いながら抜いていこうとスピードを上げるとまたおなかもふくれたところでスイッチが入ったみたい。急にやる気が出てR55を恩山寺までの約10km爆走しました。でもR55にも標示が出ていてそこで右折してもうすぐに到着かと思ったら少し坂道があってだまされた…という感じでした。やはり世の中情報です。

 19番の立江寺を回ったところで15:30くらい。次の鶴林寺までは14kmくらいなので3〜40分あれば充分行けると考えキリのイイ20番まで回ろうと決心して走り出しました。これが間違いの元でした。鶴林寺は焼山寺と並ぶ難所だったのです。知らないと言うのは恐ろしいものでラーメン屋からのスイッチが入ったままの私は猛然とペダルをこぐのでした。

 鶴林寺までの道には歩きのおへんろさんの姿がちらほらありました。彼らをグングン抜き去り16:00過ぎに参道入り口にたどり着き上っていきました。途中の道で畑仕事をしていたおじさんが私の姿を見て「お?」という顔をしたので少しヘンだなとは思ったのです。しばらく上ると今度はおばあさんか゛「早くいかなきゃ…」みたいなことをボソッと言われました。「??」少しイヤな予感がしてきましたがそのまま上っていくと歩き用の道と車道とに分かれたのでとりあえず歩き用の道を行くと細くて険しいことに気が付きもどって車道を行くことにしました。もうこのあたりから気づいてきましたが、どうやらかなり険しい上りになりそうです。

 しばらく上るとクルマが追い抜いて行きました。そしてクルマの上がっていく方向をずっと見ているとこれは無理だということがわかりました。現在16:20を過ぎています。この荷物を積んであと40分で上ってお参りをして納経するのはとても間に合いそうにありません。そもそも荷物を下ろさなければ自転車で上りきることすら無理でしょう。

 あきらめることにしました。そもそも今日は下調べもなしに無謀すぎました。出直すことにします。

 そうなるとこの近くのキャンプ場に今日も泊まるしかありません。近くには横瀬橋キャンプ場というのがあるはずです。当然横瀬橋の近くにあるはずなので横瀬橋に行けばイイのです。しかし、横瀬橋に行ってみるとそれらしいキャンプ場は見あたりません。橋のたもとに交番があるのであそこで訊いてみようと入ってみると無人でご用のある方は電話しろと書いてあります。最近ほとんどの交番におまわりさんがいない。日本の治安が良かったのはこの交番という制度があったからで、地域と密着していて不審者等の情報が集まってくるという状況にあったから、などというようなことを聞いたことがありますが、この田舎の交番にはももともとヒトがいなかったのかどうかは知りません。まあ、私が欲しいのはキャンプ場がどこにあるかという情報だけなので地図さえあれば用が足りるのです。壁に貼ってある住宅地図を見るとたしかに付近にキャンプ場が載っています。ただ名前は「横瀬橋キャンプ場」ではなく「前川キャンプ場」となっています。名前はこのさいどうでもイイのでここにしようと思い交番から橋を渡って行ってみますがないのです。もう一度戻って商店街のおばさんに訊いてみるとこのあたりにキャンプ場はないとのこと。その先に水を浴びたりするところはあるけど、キャンプ場はないと断言されました。地元のヒトがないというのだからたしかな事だろうと思いあきらめることにしました。でも、帰ってから調べるとその水浴び場(?)と言われたところがそうだったみたい。

 頼みの綱のキャンプ場がないので、帰ることにしました。野宿して翌朝鶴林寺を攻めるにしても荷物を預けるところがなければ何時間かかってもあの坂は上れないと思いあきらめました。実際ずいぶん疲れていたというのもあります。少し熱中症気味なのか身体がだるくてしんどい。水分は努めてとるようにしましたが、この後徳島まで走る間に500mmのペットボトルのお茶を何本空けたか。一気に飲んでしまうこともありました。

 R16をまたひたすら走り、途中で一度スイッチが入って爆走し、18:00ごろに徳島駅近辺にきました。もしかして、フェリーに間に合えば和歌山経由で本日中に大阪に帰れるかもしれないと思い、フェリー乗り場へ走ります。ところが20時発のフェリーが欠航。次は22時発。これだと和歌山に着いてからもう電車がありません。仕方なくまた徳島駅へ自転車を走らせます。

 徳島駅で自転車をバラして輪行袋に詰め込んで切符を買いに行くと20:16のうずしおに乗れば岡山から最終ののぞみに乗れそうな感じ。とりあえずうずしおに乗ってダメだったら岡山駅で野宿しようと決めました。うずしお車内で車掌さんに訊いたら間に合うとのことでしたのでのぞみの切符まで車内で買いました。ぐったりしながら帰ることにして良かったと思いました。思いの外疲労はたまっていました。22:52岡山発ののぞみに乗って23:37新大阪駅に到着しました。




 

 
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