国分寺には15:00くらいに到着。ここの納経所のお坊さんがとても感じが良かった。こういうことで随分気分が違うモノです。次の善楽寺も坂はなくて今回はかなりラクちんと思いながら回る。竹林寺には5時までに間に合うか心配でしたがなんとかなりました。5時に納経所が閉まるので5時を回ってからお寺に到着しても翌朝にもう一度来なくてはなりません。従ってその日は次のお寺には行けないのです。
だから、おへんろは昼間が時間の勝負で7時から17時までの12時間はとても急ぐのです。基本的に食事をしている時間がないので常時走りながらこまめに栄養を補給することになります。ウェイダーのゼリーやカロリーメイト、ヴァーム、それにみのもんたの宣伝しているヤツとかそういうのを摂ってエネルギーが切れないようにします。
走り方の理想は朝7時に納経所が開くや否や最初の札所に飛び込んで、17時に納経所が閉まるまでにその日最後の札所で御朱印をもらって、夜の間に次の札所の近くまで走っておくのです。
しかし、竹林寺では最初の失敗。ここはそんなにキツくはないけど山の上にあるのです。その山を下りてからヘルメットを境内に忘れたことに気が付き、もう一度上りました。
この後がまた苦労の始まり。キャリアの左側のネジがまた外れました。やはりキツく締められなかったので外れてしまったのです。もう予備のネジで合うのがなくて少し細いのを差し込むだけ差し込んでそうっと走りながらホームセンターを探しました。
高知駅近辺を探しますが、ホームセンターも荒物屋さんもありません。商店街のお漬け物屋さんにブリコというホームセンターを教えてもらいフラフラと走り、最後は押しながらだいたい教えてもらったあたりに到着するもそれらしいのが見あたらないのでガソリンスタンドで尋ねました。店員さんはとても親切で道まで出て指さして教えてくださいました。お漬け物屋さんとGSの店員さんに感謝。
ブリコで買ったビニールテープとネジで修理した後はもう空腹に我慢できず、本日は自炊せずにどこか食べに入ることに。郷土料理の店でクジラ丼セットを食す。もちろんカツオのタタキ付き。食事の後は本日のねぐら、千松公園へ走る。ここは無料のキャンプ場。オートキャンプの家族とライダー達、それに長期間滞在者と思しき一団が。昨晩ほとんど寝ていないせいか寝袋の中で横になるとすぐ寝てしまいました。
しかし、昨年初めておへんろに来て高松駅で野宿したときはヒトの足音や気配が気になってほとんど熟睡できなかったのに慣れとは恐ろしいモノで、いまでは野宿でも熟睡できてしまうのです。
室戸岬から足摺岬2 /
2006年04月30日(月)
4月30日はいつものように朝5:30頃に起床したけど、朝食を摂ったりテントを畳んで出発の支度をしたりしてなぜか千松公園を出発したのは8:30になってしまいました。浦戸大橋方面に走る小径車のおへんろさん発見。よし、あれを追い抜いてやると決意。しかし、次の札所を折り返してここまでどれくらいの時間差があるか。1時間では利かないと思われる。
次の札所禅師峰寺の手前には荷物を下ろさずに充分上れる軽い坂があって、でもリアのインナーを使うとディレイラーがスポークに干渉してしまうので34Tは使わないで上りきる(ディレイラーの調整不良かと思いましたが後にスポークがテンション不足と判明。)。9時に到着。なんと駐車場に別の自転車おへんろさんを発見。少し話をする。名古屋から来ているHさん。50代。ラレーのクロスバイクに乗っていてコンポは105。すごく感じの良いヒトでした。
次の雪渓寺には渡しに乗るか浦戸大橋を通るか2つ選択肢があるのですが、浦戸大橋は道幅が狭そうだから走りにくいかも、と私が言うと渡しの乗り場をタクシーの運転手に訊きに行って私に教えてくれた後じゃあお先にと行ってしまいました。なかなか行動力もある人です。
私はそれから、遅れること数分で出発しました。しかし、また山を下りてから気が付きましたがHさんと話をしていてついうっかり朱印をもらうのを忘れていたのです。Hさんが納経されなかったので私もまったく失念してしまいました(Hさんは実は前回納経を済ませておられて今回はここから続きを始められたのでした。)。国道をまた引き返しました。昨日に引き続き、というか2ヶ所連続で引き返しました。Hさんにかなり遅れてしまったので仕方なく渡しをやめて浦戸大橋を渡ることにしました。渡しも時間的には変わらないかもしれないけど、タイミングによっては30分くらい待つかも知れないと思ったのです。
雪渓寺に到着するとHさんはいませんでした。渡しの時間が合わなかったのかと思い参拝後少し待つことにしました。まさか私の来るのを待ってくださってないでしょうね、と心配になってきました。30分くらい待っているとHさん到着。結局Hさんも渡しの乗り場に行ってみたけど出たばかりで待ち時間が長すぎるので浦戸大橋を渡って来たとのことでした。裏切りを謝って、というかもう一度引き返したため時間短縮で浦戸大橋を使ったと言い訳して、先に種間寺に行くことにしました。
種間寺は3km手前の標識が迷います。歩きと自動車で方向が逆になっていて距離は300mしか変わらない表示になっています。私は自動車の方向を走っていったのですがいくら走っても次の標識がないし、おかしいと思いまた引き返しました。そして、歩き用の方に走り直しました。そして、種間寺の直前でなんとスポークが折れてしまいました。折れたスポークが干渉しないように昨日キャリアの修理用に買ったビニールテープで固定しましたが、それだけではダメです。スポークというのは1本折れるとリムが歪んでしまうのですね。左右にフレてしまい、ブレーキにあたってしまいます。ニップル回しで調整しているところにHさん到着。Hさんは心配して私の修理を見てくださっていますが、私が気を使わないように「踏台さんを口実に私も休憩しよう。」と言ってくださるのです。こういうさりげない優しさが嬉しいですね。フレ取りを終了してHさんとなぜか写真を撮り合いして私は先に清滝寺へ。
清滝寺の参道入り口で朝の小径車オヤジとすれ違う。こちらから挨拶するも無視される。スポーク折れのアクシデントのせいで差はあまり縮まっていないような感じ。清滝寺は少し坂があって途中の神社で荷物を下ろして上りました。坂は急でしたが思ったより短くて助かりました。清滝寺の参拝を済ませて坂を下ります。途中の神社で荷物を回収してお礼にお賽銭を奮発して(というほどのモノでもない。)更に下りていくと、Hさんがいまから上っていくというところ。
この坂はどう?と訊かれたので荷物を下ろせばなんとかなりますよ、と言って私は次の青龍寺へ。Yさんとはここでお別れとなりました。連絡先を訊いておけばよかったと思いました。
海岸線に出たところで小径車オヤジを前方に発見。全速で飛ばし一気に抜き去りました。快感。しかし、しばらく走ってどうも道を間違えたことに気が付きました。また引き返し宇佐大橋を渡る正しい道へ。青龍寺手前でなんとかオヤジをもう一度抜く。青龍寺は駐車場からの石段がけっこう急で長い。
境内で小径車オヤジに声をかけられる。
「さっき、スゴイスピードで道間違えていったなあ。」
と関西アクセントで。感じ悪い。
駐車場でまたスポークのテンション調整をしていたらまったく無視して通り過ぎていく小径車オヤジ。フツーなんか声をかけると思うけど…。また抜いてやる。
ここで実は大きな選択をしなければなりません。次の岩本寺までは55kmで現在時刻は14:30。つまり2時間半しかありません。2時間半で55kmは平地でロードレーサーなら余裕の距離です。クロスバイクに荷物を積んでしかも峠があるかも知れない。挑戦するかあきらめてのんびり走るか。結局選んだのは挑戦でした。また大橋を渡ってオヤジを抜いてしばらく走ったところでパンク。寺を出るときに空気圧が落ちていたので7気圧まで入れたのにまたかなり落ちてきています。緩やかなパンクのようです。そこへ小径車オヤジが小径車を押しながら抜いていく。
「おっ、パンクか。修理道具は持っているよな。」
と、さすがに少し立ち止まって見ていく。もちろん持ってますと答えると無言で去っていく。
チューブを交換しながらどうもこのロスタイムは致命的と思えてきました。あきらめてスポークのテンションの調整を丁寧にすることにしました。走りながらわかってきましたが、全体的に緩めすぎていたようです。タイヤのフレは緩すぎることが原因とわかってきたのです。全体的に締め上げてから、左右へのフレを取る。これで万全です。
5時までに岩本寺というのはあきらめたので余裕を持って走っていきますが、なかなかどうしてこの道はかなりキツイ道です。これはパンクがなかったとしてもとても間に合うような道のりではありませんでした。アップダウンの繰り返しには参りました。下り始めたのでホッとしたらまた上り。
ここで一句。
おい峠 また上るなら下るなよ
やっとたどり着いた七子峠。
峠というのは三角形の上二辺のことを指すのかと思っていましたがどうも頂点のことを指すのですね。「七子峠まで○km」というような標識を見てそれに気が付きました。
道の駅
窪川を通り越してしばらく走り、岩本寺を下見する。そして、窪川の駅の回りを走り回り野宿スポットを探すがなかなかありません。もう一度道の駅に戻りとりあえず自炊で食事。自炊と言ってもお湯を沸かしレトルトを温めて同じく温めたサトウのごはんにかけるだけ。でも、これがおいしいのです。アウトドアでしかも重労働の後ですから。
少しもどって小さい駅の駅舎ででも寝ようと思っていましたが、食事をすると面倒くさくなってもうここで寝ようと決意しました。道の駅も10時くらいには飲食店の従業員もいなくなるだろうし。フツー道の駅は野宿は禁止です。自動車で寝るのは大丈夫でそういうヒトは多いのですが、テントを張ったりするのはもってのほかなようです。なぜ?と思うけど認めるとやはり旅行者じゃなくて定住者が増えるからでしょうか。
イイ場所を発見してテントを張るのに成功。ここならあんまり目立ちません。
室戸岬から足摺岬3 /
2006年05月01日(月)
5月1日も朝5:30に起床。朝食を摂り、準備をして7時に出発。7時10分に岩本寺に到着。素速く参拝を済ませて足摺岬に向けて出発。今日は長距離2ヶ所です。90kmと50kmで140kmの予定。できるだけハイペースで走るつもりです。上りと向かい風はスピードが落ちるのでその分平地で無風なら30km/hを目標に距離を稼ぐ。下りはできるだけ惰性で走って力を温存する、という戦法で行くことにします。平均速度は20km/hで走りたい。
しかし、岬は逆風と決まっているのか岬に近づくにつれて風がキツくて進まなくなります。本当にこの区間は厳しかった。うまくいきゃ4時間半で走れるかなと思っていましたが、5時間かかりました。でも、窪川からの走行距離は98kmありました。12時半に金剛福寺に到着。自転車おへんろさん発見。話してみると福岡からきた少年で、見たところ高校生くらい。通しで回っているそう。納経所で初のお接待を受ける。自転車で回っていると言うとパックのお茶をいただきました。
時間が惜しいので岬も見ずにすぐ出発。いま来た道を56号線まで引き返します。実はこれがまた大きな間違いで、正しくは岬を回って前へ進むと良かったのです。来る途中56号線から321号線に別れるところで逆側に次の延光寺の表示が出ていたので戻るのが正しい行き方と勘違いしていました。戻り打ちという変則的な回り方のようです。
50kmほどの距離に残り時間が4時間あるので余裕でいけるはずですが、いつ上りになるかわからないので飛ばせるところは目一杯飛ばしていきました。しかし、これは正解で私の行ったルートは50kmではなく60数キロありました。
平地を30km/h超で走っていると、横を抜いていった軽自動車の中に茶髪というより金髪に近い男女四人が乗っていたのですが、彼らが私の方を見ながら何か言っているみたいで、「バカみたい」なんてことを言っているのか感じ悪いと思っていました。しばらく走ると彼らは端にクルマを停めてタバコかジュースかを買っていたのですが、私を見てまた何か話しています。無視してひた走る。長いトンネルに入ると上りではあるけど無風状態なのでまたピッチを上げて走っていました。するとさっきのあの軽自動車が追い抜きざまに窓を開けて叫んでいきました。
「頑張って〜!」
なんだイイヤツらだったんだ。トンネル内が寒いせいかはたまた感動したせいか少しゾクッとしてしまいました。
道が正しいルートじゃないということには実は延光寺にたどり着くまで気が付かなかったのです。だからずっと不思議に思いながら走っていました。何にかというとおへんろさんの姿がないことにです。足摺岬までの道のりにはたくさんの歩きおへんろさんを抜いていきました。ところがいまはすれ違うおへんろさんはいても同じ方向を行くヒトがいないのです。
それでも来た道を引き返しているときは知った道なので不安はありませんが、321号線を曲がって56号線に入ってからは不安でしようがありませんでした。道を間違えようがないのですが、誰も前を歩いていないし、次の札所を示す標識がまったくないのです。不安に苛まれながら走りますが制限時間がどんどんせまってくるので仮に間違っていてももう引き返す時間はなくこのまま信じて走り続けるしかないのです。
残り時間あと1時間を切ってかなり焦りながらもやっと、延光寺右折1kmの標識を見つけてホッとして曲がる。残り1kmが激坂でもなんとかギリギリ間に合う時間。はたして、坂もなくなんとか16:40に到着。本日の長くツラい道のりが終わりました。サイコンは166kmを表示しています。足摺岬からは68kmありました。
しかし1年前は、「100マイルなんとか走れるようになりたい。でもそんな長い距離走れるようになるのかな?」 なんて思っていたのですが、現在15kgの荷物を積んだクロスバイクでこうやって100マイルを走っているワケで、いや、人間というのは成長するモノです。
平田の駅から17:56分発の窪川行きの列車に乗り、窪川から特急でごめんまで行きそこからまた奈半利行きの鈍行で、田野に帰り着いたのは22:30でした。しかし、苦労して走った距離も電車だとアッと言うまでした。特に七子峠、久礼坂あたりはあんなにしんどかったのにあっけないモノでした。
定番の被写体