18:00会社を出発。今回はフェリーで松山まで行きます。桜島で少し待って18:30の天保山渡船に乗ります。近くにあるのは知っていましたが初めてでした。18:30発と言うことでしたが実際は天保山側を18:30出発でこちら岸に着いてから向こうに渡るので5分くらい待ちます。
USJ勤務のスタッフか西洋人が多い。その他に工場労働者風のおじさんが中国語まじりの日本語で中国人風の男と話しています。
「オレ今日はヤオトン(腰痛)や。」
なんて言っています。この辺りの工場も中国人が多いのですね。こういうおじさんがフツーに中国語でコミュニケーションできるようになっているのなら面白いなあ、などと考えている間に天保山側に到着。今度はなみはや大橋を渡ります。歩道があるので走りやすい。夕方でしかも雨のため景色はそれほどでもないけど、これは晴れた日ならなかなか素晴らしい眺めかも。傾斜は一番きついところで10%くらいか。
次は船町渡船。目立たなくてわかりにくいけど川の方向(右側)にずっと入って行くとたどり着ける。渡しほんのごくわずかの距離。その後は新木津川大橋。ラセン状に上っていく。むかし小燕子はラセン階段をラテン階段と思いこんでいてそう言っていました。何か陽気で情熱的な感じがするラテン階段。関係ないけど。この橋も歩道があるので安心して上っていけます。その後は柴谷橋に移り、平林大橋で南港へ。お約束の「たいらばやしかひらりんか、ひとつとやっつでとっきっき、いちはちじゅうのも〜くもく」と唱えながら走る。
フェリーターミナル到着。予約番号を言ってチケット購入。自転車を載せるというと約1,000円も取られる。畳んだら手荷物でいけたかもしれないが仕方ない。しかし、サービスが悪い。何の説明もないので、自転車を押してフツーに乗船すればいいのか尋ねるとクルマの乗船口から乗れと言う。その場所も訊かなければ教えてくれない。しかもどのように乗船すればいいのか言わないのでとりあえず行けばわかるかと行ってみることにする。
船内で食べるようにほか弁を買いに少し走って、クルマの乗船口に行ったのが20:00くらい。トラックの長い列が乗船を開始しているので横から乗船しようとすると交通整理をしている兄ちゃんにえらく怒られた。仕方ないので戻ってほかのおじさんに訊くとそこで少し待っていてと言われる。この雨の中を?と少しムッとして聞き返すと、「あ、じゃあ、あの雨のかからないところで待っていてください。」と言われる。仕方ないので弁当を食べ始め、食べ終わってもまだ声がかからないのでじっと待っているとトラックの入船が終わりかけて自家用車の順番になる前に入船を許可される。入り口の隅に単車用のスペースがあってそこに置くように言われてそうすると自動車用の車止めのようなものをセットしてベルトで固定してくれる。意外と慣れている感じがしました。
2等船室に荷物を置いて場所を確保して家に電話。明日の朝6:30頃に着くと言うと、「ひょっとして手漕ぎ? 客も漕がされるの?」と笑われる。確かに遅い。
でも、早朝に到着というのはありがたい。ずっと考えていたのは到着後どうするかということ。松山から逆に回って前回打ち終えた延光寺まで行くか、先に電車で行ってやはり順番に回ってくるか。今回も時間が短いので松山到着後すぐに始めた方が効率は良いかも知れないと思う。でも、現在の天気が悪いので朝に雨が残っていれば電車で移動して着いた頃に雨がやんでいるというのがベストかも知れない。天気は回復方向なので。
菩提の道場2 /
2006年06月09日(金)
6:15に到着し、6:23に船から出る。出るときは入り口付近のトラック数台の後で早めに出してもらえて満足でした。
結局まず前回打ち終えたところから始めることにして平田まで電車で行くことにしました。観光港から松山駅まで自走。初め三津の駅まで行ったけどJRに乗らなければいけないことに気が付いて松山駅に行きました。
8:06の特急いしづちに乗ることに決めて駅前で自転車をバラしていたら50代くらいの男性が近づいてきて何か言う。
「見ていていいですか。」
何でもこういうことを始めようと思っているとのこと。イイですよ、と言ったものの見られると緊張します。私もそう慣れているワケではないので手際は決して良くない。しかも、新しい輪行袋にしてからは2度目なのです。タイプによって入れ方が違うのです。しかも、DHバーやロード用の泥よけなど余分なモノも今回はついているので余計に手間がかかります。
まあ、それでもそんなにもたつかず収納完了。そのヒトの「良い旅を」というコトバに見送られて気持ちよく切符売り場に向かいます。
自動販売機で宇和島までの切符を買って改札をくぐる。自転車とリアキャリアに搭載する荷物とリュックと合計30kgを軽く超える重量を抱えてホームの階段を上るときが一番たいへんで自転車を畳まずに電車に乗れたらいいなあといつも思います。欧米にはそういうのがあるらしい。
宇和島からは窪川までワンマン列車の各停に乗る。窪川駅はこれで3回目です。
前回夜に自転車で通ったのが1回目。帰りに輪行して平田から乗り換えたのが2回目。1ヶ月のご無沙汰です。11:39に到着。ところが平田までの特急が12:57までないのです。これでは13:50に平田に着いて走り出すのは14:00過ぎです。とはいえ、これは仕方ありません。
14:15くらいに平田の駅を出発して56号を延光寺の近くを走って観自在寺を目指します。

ギターを背負ったおへんろ発見。話をしたかったけど、走り出したばかりで先を急ぐのでやめました。
16:00前に到着。このお寺は京都の私の両親の実家の隣の家の娘さんが嫁いだお寺ということなのです。
納経所で「京都から嫁がれた奥さまの隣の家の息子で…」と一応挨拶しておきましたが、納経所の女性に「それでは京都から?」と聞き返され「ええ。」と答えると「奥さまをおよびしましょうか?」と言われましたが私も面識があるワケではなくいので丁重に辞退して次の札所へ向かうことにしました。
次は48km離れていてもう17:00までにたどり着くのはハナからムリで、のんびり行くことにしました。
フラフラ走っていると見えてきた須ノ川園地というのが綺麗な芝生のある公園で、水もあるし本日のねぐらとして非常に魅力的だったのですが、次の札所からはまだ距離がありすぎて諦めざるを得ませんでした。
前々回の峠越えで「下っているはずなのにスピードが出ない、こがずに重力だけで行こうとしたら進まずに停まってしまう。」という不思議体験を書きましたが、今回その謎がわかりました。今回は傾斜計を購入して持ってきました。ハンドルに取り付ける自転車用のそれは2,000円以上もするのでけっこう思い切りましたが、そのワリに精度は低くて5%毎くらいしか測れないモノです。
そして、内海トンネルというところで同じ現象に遭ったのです。下りなのにこぐのがツラい。こぐのを止めると停まってしまうのです。しかし、傾斜計をよく見ると軽い上りになっていました。でも、私の感覚からするとごく軽い下りなのです。これは目の錯覚なのか疲れてくると起こるものなのか、それとも上りが続くと下りがほしくなる、そんな希望から下りに見えてしまうのか。

こうやって写真で見ると確かに上っていますね。
宇和島に入ると大都市で、なかなか野宿できそうなところがありません。須ノ川園地を通り過ぎたことを後悔しながら走ります。最悪は予土線の駅舎で寝ればイイ。一番近くなら務田の駅があると思いながら走りました。もう既に19:30を過ぎあたりは暗くなりかけています。
283号から31号に左折すると道の駅 みまがありました。ここは龍光寺から数キロの場所だし、しかも好都合なことに20:00過ぎの現在もう既に店は全部閉まっていて誰もいません。若者が数人踊っているのと3人くらい子どもがいるほかは誰もいません。
奥の方に入っていくと芝生もあります。ここにテントを張れば気持ちよく寝られます。小躍りせんばかりに喜んで、お湯を沸かしてサトウのごはんとカレーとこれまたインスタントのポタージュで食事を取りました。
手を洗ったり水を汲みに行ったりと何度かトイレまで往復しているとトイレの前で踊っている女の子達(4〜5歳くらいの子どもがいるようなのですが、二十歳くらいにしか見えない。)から声をかけられる。
「うるさくて、すみません。ゆっくり休めんのやないですか。」
意外と礼儀正しくて、こんなこと言われると思っていなかったので驚きました。ちょっとやかましいなあと思っていたモノの、こう言われると人情でこう答えてしまいます。
「いえ、全然平気です。むしろ寂しくなくてイイですよ。」
実際感じが良いので何の練習なのか知らないけど、ダンスの練習風景をほほえましく眺めながら食事をしました。
しばらくして、テントを設営していると非常ベルが鳴り始めました。こどもの一人がトイレの「気分が悪くなったら押してください。」というベルを押したよう。先生と呼ばれていたこれまた二十歳前後の男性が様子を見に行ってきたよう。解除できないようで諦めて放っておくようです。押した子どもは驚いて泣いているが、「大丈夫。謝ってやる。」と慰めている。誰かが来たら私もまずいのでテントとガスバーナーは見えないところに隠してただ休憩しているだけの風を装う。十分くらいで鳴り止んでさらに十分くらいで警備会社のクルマが到着。一人の男性が降りてきました。クルマに一人残っているのかどうかわからないけど、一人だけで来るのは犯罪のようなことは想定していないのでしょうか。そして、そのガードマンに向かってダンス練習組は
「すみません。間違って鳴らしちゃって。」
とすぐ謝る。これは感心。逃げもせず、ヒトのせいにもせず、ちゃんとしていますね。
ガードマンの方は「あ、そうですか。」とあまりにあっさりと納得して帰っていく。フツーは一応もう少し現場や周辺を調査して帰っていくでしょう。平和な町なのでしょうね。その後はぐっすりテントで眠れました。
菩提の道場3 /
2006年06月10日(月)
翌日9日は5:00起床。もう既に明るくて犬の散歩をしているヒトもいます。6:55に出発して7:05には龍光寺に到着。ここの納経所はとても感じ良くて丁寧で心がこもっていて、本当におへんろさんの労をねぎらうという感じでした。ここまでの札所の中でピカ一でした。こういうのに出会えるととても嬉しいです。しかも、一日の初めなので今日はイイ日になりそうな予感。と、きょうはツラい一日になることをまだ知らないのでそう思いました。
仏木寺もすぐ近くて急いでお参りして、7:50には次の札所に向けて出発しました。歯長峠を超えなければなりません。仏木寺の前からの分岐が歩きのへんろみちでは歯長峠の方向ですが、私は基本的に全て自動車の道を通ります。ここはどうか知りませんが歩きの遍路道の中にも自転車で通れるところもあるでしょうが、歩きの遍路道を使うと詳細な地図が必要だし道々確認が必要です。ずぼらな私は自動車の道を通り地図は昭文社の「四国八十八ヶ所めぐり お大師さんと行く遍路18コース」という本の地図のみを使っています。現在快速へんろの地図がダウンロードできなくなったのでそうしているのですが、何が便利かというと地図を見る必要がほとんどないことです。方位磁石で方角を確認しながら自動車道を走ればたいてい標識で間に合います。
歯長峠は久しぶりのハードな峠道。8:15にトンネル入り口に到着。明石寺はアプローチも少しの距離だが坂がありました。モリ君の本領発揮で荷物を積んだままクリア。団体の観光バスが入ってきたので先に納経を済ませました。その後参拝してトイレに行って抹茶ソフトを食べて8:50に出発。ところがここを出てからがなぜか道を間違えたのです。腕時計に付けている方位磁石を見ようとするとなくなっています。どこかで落としたらしい。明石寺に来るまではあったのでそこで落としたと思うが戻ってはいられません。キーホルダータイプのスントのがバッグに入っているので後で確認しようと思いながらしばらく走る。これがいけなかった。しばらく走ってから確認すると北東方向に3kmくらい走っていました。同じ道を引き返し更に56号まで戻って56号をひたすら北上します。
鳥坂峠9:20に通過。大洲の街を通り抜け、五十崎駅の横を通り内子駅を越えた辺りでずっと走ってきた56号とさよならします。ここからは379号を走ります。しかし、少し走ると379号は左(北)に曲がり松山の方へ行くことになるので直進して380号を進みます。ここからがまたツラい道のりです。真弓峠を13:30に通過します。予定では13:30には44番の大宝寺に着いているはずだったのに。
33号と合流するところに来ました。44番か45番に行くかは、地図ではまっすぐか左折の90°の選択なのに実際には右か左か180°別れているのです。なんとなく方針変更して45番から回るつもりで一旦右折しましたが1kmくらい走ってやっぱり思い直して44番からに変更しました。なぜかというと最短時間で2つを回ることだけを考えた場合その方が早いと思ったのです。なぜそんな風に思ったのかわかりません。疲れて頭が働かなくなってきたのかも知れません。もうかなりフラフラです。
久万町役場あたりにある地図ですが、この地図に依ると次の44番はここを右折すればすぐわかりそうなのです。ところが数十メートル走るともうわからなくなります。
まったく不親切な表示です。本気で教えようという気があるとは思えない。時間がないので民家のおじさんに尋ねると親切に教えてくれましたが、とても訊かなければたどり着けなかったと思います。参道口にたどり着くと歩きの道がかなり急。ここを自転車で上るかどうか思案していると上から降りてきたヒトがいるので仁王門までどのくらいか訊くと右側の道がクルマで行けるし、上までほんの少しとのこと。荷物を置いて慌てて上りました。果たして本当にすぐでした。石段も走って上り素速く参拝を済ませて納経所へ行くがこんな時に限って混んでいる。イライラしながら待って、納経を終えて大宝寺を出発する。15:00。
次の岩屋寺までは12kmを走るのに2時間あるのでどんな坂でも間に合うはずだけど、もう体力をかなり消耗しています。真弓峠あたりから既におかしかったけど現在かなりカラダに異常があることに気が付きました。平地でも20km/hすら維持することができません。かなりムリして15km/hがやっとです。気を抜くと停まってしまいそうなくらいです。完全にエネルギーが切れています。今日はあまり暑くないため水分もそんなに必要としなくてとても走りよい環境だったせいで逆にエネルギー補給も怠慢になっていたようで、そういえばほとんど何も食べていません。いつもは水分補給がかなりの頻度になるのでその度にコンビニで羊羹やチョコバー、ヴァームにウェイダー等を頻繁に摂っているのですが、水分補給の回数が少なかったのでうっかりしてました。慌ててチョコバーなどを囓るが、エネルギーが一度切れるとなかなか回復しないのかここからが本当にしんどかった。一度休憩して回復してから走った方が効率が良いのかも知れないけど、時間があまりないせいでそんな悠長な方法は取っていられません。ひょっとしたら間に合わないんじゃないかという気になってきて必死で走り、16:00にやっと岩屋寺の標識を発見しました。
が、よく見ると「参道入口まで300m」という記述。
♪ヤな予感が胸をよぎる 冷静になれよミ・アミーゴ♪
「参道入口」という表記は激坂の合図なのです。これまでの経験からすると。いまから激坂を上ることができるのか。
とりあえず、駐車場にてリアキャリアの荷物を下ろす。そして、トイレを拝借して気合いを入れ直した後、おみやげ物屋さんの並ぶ激坂を上っていく。さすがにモリ君は銀ちゃん2号と同じギアながらイケメン店長が断然上りはラクなハズと言うだけはあってここまでの疲れをものともせずに軽々上っていけます。傾斜計を見ると20%を軽く振り切って計測不能。フツーにこぐと前輪が上がってウイリーしてしまうので体重を後ろにかけないよう気を付けて慎重にこぎ進む。とはいえ、やはり今の体力ではこの坂が長く続くとツラいと感じ始めたらなんと呆気なくも坂は終了。石段に変わりました。
一応ホッとして自転車を置きました。
しかし、石段は石段でなかなかツラそうです。いつもなら石段なんて逆立ちでも上って行けそうなくらいですけど。しかも、この石段がまた長いのです。途中で木が倒れているし。
やっとの思いでなんとか上りきり、まずは先に納経所へ。納経を済ませてから参拝しました。しかし断崖絶壁に建てた不思議なお寺でした。そういえば岩屋寺という名前でした。
先ほどのおみやげ物屋さんで何か買って食べようと覗いてみます。ここまで来る間にもあちこちで見かけた「伊予柑の羊羹」がとても気になっていたのです。ダジャレコピーが一切ないのも潔い。試食があったので食べさせてもらいました。買う気満々だったのですが、試食して買うほどでもないと思い栗まんじゅうとペットボトルのお茶を買って駐車場で食べながらしばし休憩。もう急ぐことは何もないのです。さて、今日はどこまで走れるのか。目標は次の札所の浄瑠璃寺の近くですが、これから更に30km走ることができるだろうか。大宝寺からずっとしてきたように時計回りでぐるっと回ってまた33号にでます。振り出しの分岐点に戻りました。まさに三歩進んで二歩下がるというような気分です。もう一度久万町役場の前を通って走りますが、気が付いたのは一度目よりもかなりラクなのは知った道だからではなく回復してきている証拠です。とはいえ、慎重にエネルギーを補給すべく道々少しずつエネルギー源を口に入れながら走ります。
レストパーク明神ではかなり心を動かされました。水とトイレはあるので、ここにもし自動販売機があれば泊まっていたと思います。それと、地図を見るとここから三坂峠までがほんのわずかな距離に見えるのです。縮尺が合っていることが条件ですが、久万町役場付近からここまでとここから三坂峠までの距離を比べるともうほんの数百メートル先に見えます。峠を過ぎれば下りになるはずなのでここでグズグズするよりは重力に従って先に進む方がイイに決まっています。
たまに地図で絵を載せる都合でA地点からB地点までとB地点からC地点までの縮尺が全然違って実際の距離の違いが甚だしいことがありますが、そういうことのないようにお大師様にお祈りしながら走りました。数百メートルということはなかったけどほどなく三坂峠に到着。時刻は19:30。峠の手前に無料宿泊所というのがありました。布団もあるようなことを書いてありますが、ここでもしばし葛藤の後、先に進むことにしました。なぜならこの先は下りのハズです。
三坂峠からの下りはすごかった。思い出すのが遅かったけど、はーさんが「暗闇のダウンヒル」と書かれていたところがここだったんだ。ということは私も同じことをしているということです。しかし、モリ君には何の不安材料もありません。剛性が高いのでハイスピードの下りも恐くありません。恐いのはやはり暗いことです。従って、路面が荒れていることを恐れなるべく道路の真ん中を走ります。後ろからクルマが来れば左に寄って停まってやり過ごし途切れればまた走り始めます。幸いクルマは多くありませんでした。
はーさんの書かれていた「果物センター」の明かりが見えてそろそろダウンヒルも終わりが近づいてきました。
分岐のところからの行き方が難しくて結局私は間違えて33号を直進したため23号を右折して引き返さなければならなくなりました。ところが怪我の功名で、23号を走っていると33号の一本東の道を戻ると県立総合運動公園というのがあるようなのです。決めた。そこに泊まるぞ。と思いすぐに右折して南下することにしました。2kmほどですぐにその運動公園はありました。通り抜ける道路が有料ですが自転車はただのようです。20:00を過ぎているのでこの時間から入っていくと野宿するのがバレバレかなあとケートのところでドキドキしましたが、何も言われず潜り込むのに成功。ところが、この時間でもナイターでテニスはしているし管理棟にもヒトがいる気配があり、しばらくは落ち着くことが無理のようです。
東側のゲートを出てみると、出たところにまた公園があって入ってみると、そこは相撲場ということですが、周囲は公園になっていてトイレも水も土もあるのでここで野宿することにしました。とりあえずここで遅い夕食を摂りました。機嫌良く食事をしながら周りを見回すと、暗闇に目が慣れてきてふと目に入ってきたものがありました。反射的に見ないふりをしようと思いました。そう、あれはただの塔。塔?…、卒塔婆…、…。あかん、あかん。塔はダメ。何か違うモノを…、思いつかない。
ダメだ。ここでは寝られない。いくら私でも墓地が見えるところでは寝られません。食事を終えたら移動しなければなりません。
ということで、寝床不定のおへんろはまたゲートの閉まった公園内の歩道を西に向かって走るのでした。ゲートは閉まっていますが歩道の通り抜けは可能なのです。反対側のゲートの外に日本庭園というのがあってそこには水とトイレはないのですが、少しだけ土のところがあるのでそこで寝ることにしました。さすがに翌日は日が昇るまでに起きなければいけませんけど。23時までには寝ることにしましたが、なぜかこの日はほとんど眠ることができませんでした。疲れ過ぎてしまったのでしょうか。